もはやこれは
大掃除するしかありませんね
ふと だれかの声が
耳に滑り込んできた
夢は ボレロのように
ひとつのテーマを
手法を変えながら繰り返していた
それはそれで楽しかったが
少々飽きてきた頃でもあったので
わたしは目を覚ますことにした
目を開けると
岩戸の天井が見える
小窓の方を見ると
籠の中にプロキオンがいない
そのかわりに
小窓の向こうから
プロキオンの声が響いてきた
ええ そうするしかないでしょう
もはやわれわれは
手を尽くすにも尽くし過ぎた
あそこまでやれば
人間もゴミのようなものですよ
掃除したとて
何が痛いものか
おや 誰の声だろう
聞き覚えのある声だが
その声を聞くと
わたしの胸に少し不安が走る
わたしは声をひそめて
しばらく
プロキオンと もうひとりの
話している声に耳を澄ますことにした
あなたがおやりになるのなら
もはや人間に希望はありませんね
そこまでやったのは彼らです
だからこうしてやってきた
あなたにくらべれば
エルナトはまだやさしいでしょう
申すまでもなく
わたしはもう何を言うつもりもない
半年前のわたしなら
今少し待ってくれと
あなたに言ったかもしれないが
あなたがそう言うのなら
もはや人間に希望はありませんね
いつもやさしいプロキオンの声が
冷たい
わたしはそれに
かすかにおびえを感じた
見てはならない
もう一つの彼の顔を見てしまうかもしれない
このままでは
わたしはもう一度眠ろうと思い
目を閉じた
そのとき
文机の上の蛸の文鎮が
にゃあ と
大きな声をあげた
驚いて身を起こした時
小窓から星が入ってきた
プロキオンは籠に入っていく
これは
目を覚ましてしまいましたか
ミルザムと申します
青白い顔をした星が
わたしを見つめて言う
わたしはその星を見て
改めて 自分の身の内におびえが走るのを感じた
それがわかったのか
星はやわらかくわたしに笑いかけて 言った
あなたは今 女性ですから
そして相当に深く傷ついていますから
わたしが怖いのですよ
ご心配なく
あなたを苦しめるようなことはしませんから
ミルザムの声はやさしい
それはまるで
本当に頼りになる大きくて強い男が
芯から優しい気持ちで
女性を大事にしたいというような声なのだ
わたしは少し安心しながらも
彼が言外に
自分たちの領域には絶対に入るなと
わたしに言っていることがわかった
女は入って来るなと
わたしはそれに従うよりない
人々の未来について
何か尋ねたいと思ったが
それもよした方がいいのだろう
わたしは 星に笑顔を返しながらも
少し空々しい気持ちを抱きながら
言ったのだ
わかりました
あなたを信じます
すると星は
ゆったりと笑い
本当に大きな暖かい力で
わたしを包むようにしてくれた
ほんのひととき
彼がそこにいてくれただけで
わたしは何もかもから厳重に守られて
ここにじっとしているだけでいいように思えた
ではこれで
いつも愛していますよ
そういうと ミルザムは
小窓から出て行った
プロキオンが鳴く
少し 空々しく
深くは考えないほうがいい
たぶんそれが もっともよい選択だ
考えないほうがいい 少なくとも
今は
わたしはまた
寝床に身を落とした
そして目を閉じた
ボレロの主題は変わって
奇妙な変奏曲が始まろうとしていた