月の岩戸

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アルデバラン・2

2013-05-22 05:21:51 | 詩集・瑠璃の籠

滑稽な 悲劇
あまりにも むごたらしい 喜劇

わたしが いつものように
机について 書き物をしていると
ふと 声が聞こえてきた
その声を聞くと なぜか
わたしは気持ちがうれしくなって
小窓をふりむいた 
だがそこに星の姿はない
わたしは 立ち上がって
小窓の方に歩いて行って外を見た
プロキオンが おかしげに
ちち と鳴く

すると 小窓から少し離れたところで
赤い星が こちらに背を向けて
何やら考えているようにうつむき加減で立っていた
わたしは その姿を見てまたうれしくなり
星に声をかけた

どうしたのですか?
訪ねてきてくださったのではないのですか?

すると星は 気持ちの良い明るい笑顔で
わたしを振り返り ええ そうです
と 澄んだ声で言った

わたしが どうぞお入りになって下さいというと
星は 少し困ったように笑いつつ
では失礼と言って 小部屋に入ってきた

アルデバランです 
おひさしぶりです まいったな
ルクバーに聞いていたとおりだ
こういう感じであなたに会うのは
少し苦しいものがありますね

そうなのですか よくかわいらしいとは
言われますが

ええまあその
なんといいますか
その 今のあなたのすがたが
ほんとうのあなたとは思えないほど
実にかわいらしいものですから

そうなのですか 
いまのわたしは ほんとうのわたしとは
ずいぶんとちがうのでしょうね

それはもう

アルデバランは 困ったように笑った
わたしはその笑い顔を見ると とてもなつかしく
とてもうれしい気持ちがした
まるで あこがれの少年に出会った少女のような気持ちだ
いっしょにいるだけでうれしい
それでわたしは ああと何かに気付いて言った
わたしは あなたのことが とても大好きですね

するとアルデバランは顔を崩してさもおかしそうに笑った
ええ たいそう あなたに気に入られております
まいりましたね あなたときたら
そういう気持ちでさえ 何のてらいもなく
すぐに 正直に言ってしまうものですから
こちらのほうが困る
しかも今のあなたは とてもかわいらしい女性だ
女性に まっすぐな瞳で 大好きだと言われては
まいったな どうしていいのやら
ほんとうにわたしも困る

それは もうしわけないことを

いや 謝るようなことではありません
まいった ほんとうに
あなたのような正直な方が
そんなかわいい女性になっては
人類もたいそうつらかったろう

そうですか とわたしは言った
なんとなく わかるような気はします

わからなくて かまいません
いえ わかってしまったら 困る
あなたは 閉じこもっていてください
そうそう わたしも あなたに言わなければと思ってきたのでした
ほんとうにあなたときたら
まっすぐに正直なのにも ほどがある
ルクバーの言ったことを 守りませんでしたね

え? そうでしたか?

そうです
甘い愛の詩を書いたでしょう
いけませんよ もう書かないでくださいと
あれほど言ったでしょう

ああ そういえば そんな感じのをひとつ書きました
思わず 書いてしまったのだが
あの詩も いけませんか

わたしが言うと アルデバランはゆっくりとうなずいた
そして目を閉じて しばらく何も言わなかった
その顔に 一瞬苦悩を感じて
わたしの心に 痛みが走った
だがアルデバランはすぐに表情を変え
やさしそうに笑って わたしを見た

ほんとうは これはルクバーの役割なのだが
彼が かわいらしいあなたを見るとたまらないというので
わたしがかわりに言いにきたのです
ほんとうに たまらない
もはや ここまでせねばならなかったのかと

それは いいのです わたしは

ええ あなたは いいのです
あなたは 幸せだ どんなにつらかろうとも
だが…
滑稽な 悲劇 あまりにも
むごたらしい 喜劇

アルデバランは わたしがいつかしら書いたことのある
詩の一節を ため息のように唱えた
そしてわたしから目をそらし
しばし 窓辺のプロキオンに目をやった

わたしは 悲哀のかすかな湿気が
胸を濡らすのを感じた
アルデバランは 美しい
アンタレスに似て赤いが それがずっとやさしい
わたしは 自分がこの人を好きになるわけが
わかったような気がした

プロキオン きみもつらかろう
と アルデバランは 瑠璃の籠の星に言葉をかけた
するとプロキオンは 一瞬きらりと光を強めて言った

それほどは 
それよりも
あなたのほうが つらいでしょう

いや それほどは
と アルデバランは言った

わたしはただ きょとんとしていた
なんとなく なにかがわかるような気がしたが
それ以上は考えないことにした というより考えることができない

とにかく とアルデバランは言いながらわたしをふりむいた
もう 甘すぎる愛のことばは 書かないでください
あなたが やりすぎるほどにやりすぎれば
人間の重荷が 増えすぎるのです

ああ そうです でも

わかっています あなたがやらなければならないことが
たくさんありすぎるということは
ただわたしたちは これ以上 あなたの傷が増えることを望まない
できる限りのことをして わたしたちがなんとかします
ですから あなたは
ほんとうに 活動を控えてください

そうやって アルデバランに言われると
わたしは 本当にすまない気持ちがして
もう二度と同じ過ちをしてはいけないと 心に思った
そして わかりましたと 言った

アルデバランは 悲しげに笑って
わたしを見つめた

そして彼は 静かに立ち上がり
別れの挨拶をして 小窓から帰っていった
わたしは 彼が去って行ったあと
今までに感じたことのないような淋しさを感じた

滑稽な悲劇
あまりにも むごたらしい 喜劇

わかるような気がした 
彼が 今やっていること やろうとしていることが

人々よ
麗しいスカイツリーが 空の大樹が
真鍮の風の塔であることに いつかあなた方は気付くだろう

アルデバラン 
熱き光の天使



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2013-05-22 05:27:22
レンブラント・ファン・レイン、「トビアスやその家族と別れる天使」、17世紀オランダ、バロック、17世紀オランダ絵画。
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