テレキャス&ストラトの部屋

RolandのGT-001とzoomMS-50GでDAW制作を楽しんでいるよ

ハードケースって邪魔じゃない?

2023年09月18日 | 楽器
昨日も多くの読者の方々にご訪問いただいたのだ

訪問者数1,266人だった

読者のみなさんに感謝!

読者の皆さんは三連休の最終日を如何お過ごしだろうか?

私は雑用の合間に事務仕事を片付けていたのだ

概ねの仕事を片付けて先ほど昼食を終えたのだ

仕事も趣味も計画通りに事が運ぶと気分が良い

午前中には日頃行き届かない場所を掃除していたのだ

ギター用のハードケースが保管してあるクローゼットを久しぶりに掃除した

私はギターをケースから出して並べておくことが好きなのだ

ギターを眺めること目的ではない

弾きたい時にすぐに手が伸びるという環境を作っておきたいのだ

外に出しておくか? ケースで保管するか?

は未だに賛否が分かれるところ

人間にとって快適な環境はギターにとってもベストというのは私の持論

実際のところ、長年にわたりそんな感じでギターを管理してきた

結果オーライという感じなのだ

考えてみればハードケースという存在は微妙だと思う

”良いギターにはハードケースが付属している”

はギター業界の常識でもある

廉価のギターにハードケースが付属することは希

希にケースでお客さんを釣る?という販売方法を見かけることがあるが・・

ギターを良く知っている人の目は節穴ではない

「ハードケース付きで安くない?」

はイントロダクションとして悪くないのだ

逆に最近はケース無しで販売する業者もあるようだ

サウンドハウスさんがそんな形態なのだ

個人的には賛成なのだ

私のようにケースが不要だという場合もある

好みのケースを選びたいというニーズもあると思う

合理的に考えるならばサイズが合致するならば数本のギターに一本のケースで事足りる


これはアコギのケースだがもう一本のアコギにもサイズが適合している

元々、このギターを貰う時に純正のケースが付属していた

厚みや内装の形状が少し特殊なのだ

このケースを購入したのは運搬用




ケースを加工してストラップが付けられるようにしたのだ

これが結構な優れもので運搬が劇的に楽になった

オベーションの純正ケースに穴をあける気にはならない



そんな折に廉価のハードケースを見つけたのだ


ストラップを変えることで背負った感じも変わってくる



不要になった皮の鞄のストラップを修理して再利用しているのだ

必要な物は買うが修理出来る物はといりあえず知恵を絞ってみる

これが私のスタイルなのだ

現状ではエレキ用の角形ハードケースが二本、アコギ用のケースが二本

ベース用のギグバッグ、黒テレ用のギグバッグ、廉価アコギのソフトバッグ

という感じなのだ

ストラトやドラゴンテレを外に持ち出す際には黒テレのギグバッグを使う

結局のところ、ハードケースは邪魔なのだ

ハードケースの使用目的を考えてみた

売却時、修理時くらいなのだ

修理の際には可能な限りハードケースに入れて預けた方が良い

修理の業者さんは何本を修理を請け負うのだ

自分のギターが他人のギターと隣り合わせで運搬される様をイメージすると良いと思う

ハードケースは邪魔な存在だが不要でもない

私の年代においてはハードケース入りのギターは憧れ

ハードケースとセットでギターの価値を考えることが多い

実際のところ、ケースに格納したギターを眺める時間は至福の時間

ストラトは立体的なハードケース、ドラゴンは昔ながらのフェンダーケース

どちらも捨てがたい

昔ながらの木製ケースはカッコイイが重い

車を持たない学生さんなどは手持ちに電車で持ち帰るのだろうか?

息子のギター購入に親が付き添うケースも希だと思う

希なケースでは購入時にハードケースを楽器屋さんに寄付?することもあるそうだ

代わりにショルダー付きのギグバッグを買っていくという

ある意味では覚悟が出来ているその姿はカッコイイ!

グズグズ&ダラダラと蘊蓄を述べている中年おじさんの何倍もカッコイイ

ケースを捨てるということはそのギターと一生添い遂げるとう覚悟

まぁ、そこまで深く考えているかは知らないが・・・

純正のケースが付属しないギターの価値(買い取り価格)が下がることは肌で感じていると思う

潔いギター弾きは好きなのだ

私もギターに手を加える(レリック加工など)時点である程度覚悟が出来ているのだ

そもそも、廉価のギターを売るという気もないが・・

ギターくらいリセールが低い物はない

100万円くらいで買ったギターが実際のところ、いくらくらいで買い取りされているのか?

興味ある方は調べてみると良いと思う

状態が良いギターのプラス査定は皆無

ご祝儀査定も皆無

ギターの買い取りの歴史を知ればすべてが理解できる

最近では再販のルートも確立されてきたが一昔前は買い換えを促進する策と考えられていた

高値を期待するならば個人売買が良いと思う

同時に面倒臭いトラブルを招くことも多い

難しいところだと思う

一番は気に入って買ったギターを一生使うこと

壊れたら修理すれば良いのだ

修理しつつカスタムするという流れも悪くない

ギター用のパーツが枯渇することも基本的にはないと思う

純正やデフォルトに拘らなければいくらでも修理できる

腕が良いリペアマンならばデフォルトよりも快適なギターを作ってくれる


デフォルトでは手が入りにくい位置に電池ボックスがある

この改造は目から鱗だった

まぁ、この手の電池は思ったよりもロングライフだが・・

劣化した電気系パーツを交換した

交換の際には有名ブランドの信頼できる製品を選んだ



ポットは特殊なので半田と配線をリニューアル


ピックアップなどの生きているパーツは微調整した

40年以上経過しているケースなので劣化は否めない




外装も綺麗なのだ

内装にカビが生えていないことは奇跡


前のオーナーはこのギターを蔵で保管していたそうだ

古書や巻物などが保管されているような由緒正しいお宅なのだ

諸事情からそんな大豪邸を手放すことになったそうだ

人生には色々あるのだ

蔵は風通しが良いという

私の人生には無縁なのだ

考えてみれば蔵の中に入ったのは初めてだったかもしれない

先祖代々・・・

庶民には無縁の世界なのだ

このギターの前のオーナー(知人のお兄さん)は私がこんなに大切にしていることを夢にも思っていないと思う

40年を超えたギターをリアルに手に出来る幸せを感じる

単純に状態が悪い古いギターは多々ある

場合によったら近所の粗大ゴミ置き場に転がっているかもしれない

状態が良いギターというのは希なのだ

ギターを道具として使っていたならば音は良いが状態が悪い

フレットなども打ち替えが必要になっているかもしれない

まぁ、ギターも人間と同じで出会いだと思う

相棒であるギターが高価である必要はない

高価なギターを否定しないが推奨もしない

自分に合ったギターに出会うことが一番なのだ

自分がギターを熟知していて演奏も上手いならばプロが選ぶような楽器を買えば良い

この辺りのバランス感覚が悪い人がギター弾きには多すぎる

とりあえず買っただけで満足してしまうのだと思う

そんな人にはハードケースは超必須アイテムになる

白い手袋を身につけて垂涎の眼差しでハードケースを開く

何となく笑えるような光景なのだ

私の知り合いにもそんな人が多々いるのだ

ギターを眺めて磨いてその日は終了なのだ

まるで桐の箱に入った骨董のツボを眺めるような感じなのだ

十人十色・・ギター弾きも色々だと思う

私は数本のケースでも邪魔に感じるのだが何十本とギターを持っている人はどんな感じで管理しているのだろうか?

仮にギターが20本あるならば、ケースも20本あるということになる

私の知り合い(楽器店の店員さん)はMAXで300本のギターを所有していたそうだ

結婚して子供が出来た現在では絞って100本で落ち着いているそうだ

「ほとんどが実家に置いているんですよ」

「文句言われますけど・・無視ですね」

と笑っているのだ

まぁ、楽器販売という仕事に知識として活きている気もする

とにかくギターに詳しいのだ

しかも電気系にも精通しているのだ

私は信頼しているのだ

私の持ち込んだ修理依頼をすべて完璧にクリアしてくれる

ギターと戯れる時間が決して無駄になっていない

今でもストラトなどを定期的にチェックしてもらっているのだ

「新しいアンプ買ったんですよ」

「鳴らしてみますか? どうぞ」

スタジオ自前のアンプを私に貸してくれる優しい人なのだ

ギター弾きにはそうい人もいるのだ

ギターという共通の言語でわかり合えるのだ

少し脱線したが・・・

私もMAXで30本くらいのギターを持っていた時期がある

学生時代なのだ

振り返るとアホだった

私のギター道における『黒歴史』

あまり声を大にして他言することはない

読者のみなさんだからこその告白なのだ

まぁ、そのほとんどが廉価のどうでも良いギターだった

結局、弦は錆び、ネックは反り奥のギターには触れることもない

場末の売れない楽器店という感じだった

目が覚めるまでに数年ほどかかった気がする

ギターに占拠されて寝床が確保できなかったことを思い出す

壁に穴をあけて父親に激怒された記憶が蘇る

本当にアホだったと思う

寂しかったのだと思う

ギターを買ってみたものの思うように弾けない自分に苛立っていた

そんな苛立ちを紛らわす為に散財していたような気がする

失恋した女子がやけ食いするような気持ちに似ているかもしれない

当時はパソコンもスマホもなかった

知り合いの上手い人に嫉妬していような気がする

楽器店に行っても店員さんも他のお客さんもすべて自分よりも上手いと思っていた

上手い人に同じベクトルで勝負を挑むことは無謀

という感じで訳がわからないコレクターに堕ちていったのだと思う

私は自己分析が好きなのだ

今の私は真逆なのだ

年齢もあるのだろうが・・

欲がない

特にギターに関する物欲が皆無なのだ

ギターが嫌いになったわけではない

むしろ、ギター愛は高まっているように感じる

自分に何が必要なのか?

良く分かっているつもりなのだ

試しにストラトをハードケースに格納してみた

「ん? だから何?」

ケースに収まるストラトに心響かない

適度に手に馴染む竿を握った瞬間に電気が走る

石のように堅くなった指先を弦の上で滑らすことで心のエンジンがかかる

ハードケースの話から脱線してしまったが・・・

私のギター愛は読者の皆さんに伝わっていると思う

如何だろうか?😆 






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機械式時計の調子が良くなった

2023年09月17日 | 楽器
時間が遅れがちだった機械式時計の調子が良くなってきた

その後に色々と調べてみた

腕から時計を外した状態の置き方(時計の向き)でも秒針の動きが異なるようだ


私は初耳だったが時計好きにとっては常識らしい

自分の時計の癖を把握することで時間の進みや遅れをコントロールするのだ

「なんか面倒臭くない?」

という人に自動巻きの機械式時計は向いていない

生粋の時計好きはこの面倒臭い感じが溜まらないという

セイコーにも精度が異なるムーブメントが何種類かあるというのだ

購入時にそんなことを知らないで選んだのだ

「へ~そうなんだ」

という感じなのだ

世界最高峰のロレックスのムーブメントは相当に厳しく管理されているようだ

電池式の時計に肉薄するくらいの精度を叩き出すという

厳しいテストをクリアした製品だけが出荷されるというのだ

本体はもちろんのこと、パーツ代やメンテの料金が激高い理由が理解できる

以前にロレックスのベルトの駒を増やす作業を依頼したことがあるのだ

パーツ代金と作業工賃の合算が約4万円だったと記憶している

ロレックスの正規代理店に作業を依頼したのだ

「オーバーホールは約8万円です」

「その他パーツ代がかかります」

2~3年に一度のオーバーホールが必要らしいのだ

良い調子を維持する為には必要な作業だという

結構な維持費だと思う

オーバーホールの作業を怠ると内部の機械油が固まってしまうという

機械式時計は色々と小難しい部分が多い

上級モデルになると資産として購入する人も多いという

資産価値はギターよりも良いと思う

人気モデルならば新品価格を超えることも多いという

ギターにそんなモデルがあるだろうか?

相当のレアなヴィンテージギターでもない限りそんなケースは希だと思う

買うときは高いが売るときは安い・・

というのがギターの常識なのだ

ある意味でギターは割高だと思える

ギターのリセールバリューは最悪だと思う

正しい流れは

”買ったギターは一生使う・・・”

だと思う

以前にもお話したが私も無意味なギターの売り買いを繰り返してきた

廉価なギターもちりも積もればなんとやらなのだ

廉価といいながらも10万円を超えるようなギターも何本もあった

すべてのギターの購入金額を合算すると相当な額になると思う

しかしながら、それは後悔ではないのだ

ギター弾きの経験として私の引き出しになっているのだ

ブログの発信者としての原動力にもなっている

買ってもいないギターをレビューしても何の意味もない

ギターが弾けない人が演奏を云々言うのも微妙な気がする

いずれにしても実が伴っていないのだ

まぁ、どうでもいいような話だが・・

時計のベルト調整もネットで受け付ける業者もいるという


ネットで時計を購入する際に手首のサイズを測って知らせるというシステム

実際のところはどうなのだろうか?

ベルトのサイズに好みがあるという

基本は指一本だというが・・

本当に微妙なのだ

汗をかく真夏と寒い冬ではサイズ調整異なると思う

ギターのネック調整と同じなのだ

楽器屋さんに依頼した状態がベストとはいえない

私は購入後に必ず自分の好みに再調整するのだ

各弦の弦高ネックの状態ひとつで弾き易さが変わってくる

自分の好みにフィットしたギターは愛着が湧いてくる

腕時計も同じだと思う

自分でベルトを調整した時計には愛着が湧いてくる

そんなこんなで一日おきや気分で時計を使い分けているのだ


プレゼントで貰った真ん中の時計はお休みなのだ

サイズが小さすぎて物足りないのだ

最近はデジカメが流行っているという

スマホがあればカメラも時計も不要だが・・

心の満足とファッションという意味でも腕時計は欠かせない

最近はさら欲が出てきた

「もう一個くらい機械式時計があってもいいかな?」

セイコーのツナ缶というシリーズが気になっているのだ

やはり欲しいのはダイバー系なのだ

実用の時計が趣味になれば楽しいと思う😉 


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ギターの練習方法は自分で考えるもの

2023年09月17日 | 楽器
昨日は訪問者数1,200人超えという感じで多くの方にご訪問いただいた

拙いギターブログなれど、興味を持ってくださる方がいることを幸せに思う

一生懸命に投稿するも誰の目にも触れないブログも星の数ほど存在する

「誰も読んでくれないなら止めちゃうかなぁ?」

という気持ちは正しいと思える

観客がいるからこそのライブなのだ

ある意味でギターブログもライブの一環だと思っているのだ

静と動のブログがあっても良いと思う

ギターに対する情熱を感じ取っていただければ幸いだと思う

私としてはギター人口にはあまり注目していない

”ギターを持っているが弾いていない・・・”

という隠れギターアンチは意外に多いように感じている

実際に私の知り合いにもこのタイプが多いのだ

ギターを持っているだけで満足してしまう

ギターを持っているだけでギターが趣味だと主張する

教則本を買っただけで弾けるような気になってしまう人と基本は同じ

有言実行であるということが大事なのだ

上手い下手というよりは実際に弾いている時間が大事だと思う

ギター弾きにも器用な人と不器用な人がいる

不器用な人がサクサクと上達することは少ない

要領が悪いならば、それなりの覚悟と策が必要だと思うのだ

上達には自己分析が大事だと思う

現状の自分を知らなければ対策が打てない

これは仕事にも勉強にもいえるような気がする

私の練習方法は『寝ながら練習』なのだ

万人にお勧めできる方法ではないが私には合っているのだ

寝床の傍らに常にギターを置いているのだ

ギタースタンドに立てかけているのだ

余談だが最近になってスタンドを二本追加で購入したのだ

廉価のスタンドなのだが良い感じなのだ

足が少し長かったので好みの長さにカットして使っているのだ

自分の好みでないことを愚痴る前に『工作』で何とかするのだ

どちらかというと私は工作好きであり器用な部類に属すると思う

DIYなども得意だったりするのだ

その技術がギターにも活きているような気がする

脱線したが・・・

寝床で仰向けになりながら目を閉じてギターを抱えるのだ

一つだけ条件があるのだ

厚みがあるギターは弾きにくい

フルボディのアコギでは腕が痛くなってしまう

背面がラウンドしているオベーションは好都合なのだ


暗闇でギターを抱えるメリットはいくつかある

指板を目で確認しなくても希望のポジションに運指することができる


ライブなどで薄暗いステージで指板を目で追いかけている姿は情けない

マニュアルの車でシフト棒を目でチラチラ見ている姿も情けない

変速機付きの自転車でギアの位置を目で確認する姿も情けない

そもそもそんな状態で道路を走っている行為が危険だといえる

ブラインドで何をを遂行するには研ぎ澄まされた感覚必須になる

ブラインドでスラスラとギターが弾けるだけで一目置かれるようになる

友達の間ではプチヒーローになれる

楽器店では一人前のお客さんとして応対してもらえる

楽器店の店員さんは財布の中身意外に注目しているのだ

基本的にギター好きであり、ギター上手い人に憧れていることが多い

そもそもギターに興味と憧れがないならば他の仕事に就くと思う

如何だろうか?

楽器店はちょっとしたプチライブ会場なのだ

試奏の際に横に並んでいるお客さん同士が腕を競い合っている姿を良く見かける

ライバル心剥き出しでバトルしている姿はなんとも日本人らしい

海外ではすぐに仲良くなって簡易ジャムセッションが始まることも多い

本家ブルースのお国柄だけにギターを通して仲良しになれる

YouTubeのChar氏の動画のような感じだろうか

打ち合わせ無しに演奏を開始し盛り上がる姿にこそギター道の本質を感じる

コピーしか出来ない人には逆立ちしても出来ない芸当なのだ

簡単にアドリブというが多くの人にとってアドリブは難しい

アドリブだと思って自慢げに弾いているフレーズがどこか一節であることも多い
日本人は決められルールや課題を克服することは得意なのだ

「今日はこのカリキュラムを消化するのよ」

勉強熱心なママに与えられた課題を必死にこなす姿は日本人らしい

「あなたの自由に勉強しなさい」

日本人がもっとも苦手なアプローチ

これはギターについてもいえるのだ

「自由に何か弾いてみてよ」

という時に引き出しを持っている人がどのくらい存在するか?

そんな提案や問いかけにあたふたしてしまうことも多い

読者の皆さんは如何だろうか?

誰かに決めてもらったギターを弾くことは息苦しい

私はギターには自由を求めているのだ

それが正解であるか?は自分で決めるのだ

以前は他人の目を気にしてたが最近は気にならない

他人の目や評価などどうでも良くなってきた

自分が楽しいか?

それに尽きるのだ

自分が楽しいか?

これを具現化するのは言うほど簡単ではない

自分で自分を楽しませるのだ

ギターを使ってそれを実践するのだ

ギターの練習は楽しくなければダメだと思う

楽しく感じられない時には練習を中断するのも良いと思う

考えてギターと接する・・

これは私の理想であり持論でもあるのだ

ギターを楽しむ為の創意工夫も大事だと思う




アコギのハードケースに加工を加えるだけでギターを弾く機会が増える

ちなみにこのケースには手持ちの二本のアコギ入るのだ

以前は簡易なセッションに持ち出すことも容易になる

ピッチが合い難いといわれるテレキャスの三連サドルだが少し工夫すれば実用に使えるように昇華する


こんな簡単な改造でテレキャスの使用頻度が倍増するのだ

言われなければ改造していると分からないくらい自然なのだ

以前はこの改造でストラトと肩を並べるほどレコーディング使用していた

こんな作業もギターにとっては楽しい作業だといえる

ギターはちょっとした改造で弾き易くなる

弾き易くなればより一層触れる機会が増える

触れる機会が増えれば上手くなる

時間軸と比例して上手くならないのがギターの深いところ

朝から晩までギターを弄っていても上手くはならない

指が速くようになるがそれだけなのだ

先に述べたような脳トレにはならない

速弾きは上手いがアドリブが苦手という人も意外に多い

創造と想像が出来ない人なのだ

アドリブが得意な人は一人でも楽しめる

アドリブの方法を教えてくれるギター教室はあるのだろうか?

鳴りが良いエレキは『生弾き』も意外に楽しい






目を閉じながらボディと弦の振動を楽しむ

生鳴りが良いエレキはピックアップを通した音も悪くない

生鳴りの良さはギターの『成長』を感じられるところ

このギターも弾き込むほど鳴るようになってきた

エレキも生弾きならばアコギと同じなのだ

起床までの数十分を利用してブルースのリックを考えることも多い

エレキで考えたリックがアコギに活かせることも多い

その逆も然りなのだ

私にとってギターはボーダレス

アコギとエレキの区別はないのだ

その時に弾きたいギターに自然に手が伸びる

それで良いのだと思う

以前は手持ちのギターや機材を満遍なく使いたいという気持ちがあった

まさにTHE庶民だと思う

無駄なく使いたい・・・

ということなのだと思う

今はそういう気持ちは皆無なのだ

繰り返しになるが弾きたいギターを弾けば良いと思う

逆の言い方をするならば、弾きたくない時に無理に練習す必要はない

イヤイヤとい状態は非効率的だと思う

人間の体脳がすべて支配しているのだ

気分が乗らない時に体も思うように動かない

そういうものなのだ

ギターの練習方法のもう一つの方法は機材を絞ること


場合によったらギターとアンプを直結でも良いと思う

良いギターを手に入れたならば一度は試してみるべき

スタジオなどを利用する際にもアンプ直が一番楽しかったりする

私はフェンダー系のギターの場合にはフェンダーのツイン一択なのだ

目の前にマーシャルがあっても見向きもしない

何だろう・・

ドンシャリな歪みの音が苦手になってきたのだ

若い頃には心惹かれた音も年齢と共に好みも変わる

味覚の変化にも似ているような気がする

逆の言い方をするならば生涯ブレがないギターライフも素晴らしいと思う

私の知り合いにも還暦手前にも関わらずメタル大好きという人がいる

ある意味で羨ましく感じられる

「俺は一生メタルだぜ!」

ちょっとカッコイイと感じる

それもギターライフの一つの形だと思う

私は自宅弾きでも外で弾く時にも最小のギアを持参する


私の歪みはこのエフェクター一択なのだ

メタル系は難しいがハード系なロックからジミヘンまでカバーできる

本当にお勧めしたいエフェクターなのだ

難しいエフェクターだが自分の物にすれば武器になる

興味ある方はYouTubeなどでチェックしてみていただきたい

最近はエフェクターも値上がり傾向がみられる

手持ちの不要なエフェクターを処分して気に入ったエフェクターに絞り込むのも良い選択だと思う

私はとにかく軽量でお手軽が好きなのだ

自宅で練習する時にも外に機材を持ち出す時にも便利なのだ

この歪みにzoomMS-50Gがあれば無敵なのだ

アンプ直の音に薄くディレイをかけるような使い方が多い

何だろう・・

エフェクトがギラギラでゴテゴテの凝った音に飽きたのだ

理想の音はジミヘンが部屋でアンプ直で弾いているような音

先日お話した憂歌団の『嫌になった』のアレンジも完成したのだ

先に述べたように寝床に仰向けになってフレーズを探っていた

気になる部分を何十回も繰り返して弾いてみるのだ

自分の耳が納得するまで色々なパターンで弾いてみる

「これだ!」

というフレーズが見つかるまで目を閉じて弾き続ける

煮詰まった時にはYouTubeなどで本家の動画など観たりする

本当に地味な作業なのだ

人前で演奏する時には派手なギターも裏方は地味なもの

コツコツと積み上げていくものなのだ

「それってどんな教則本なの?」

私のソロギターを聴いた知人から質問されることがある

教則本はないのだ

読者のみなさんも独自の練習方法を編み出していただきたい

より一層ギターが好きになる方法を探してみるのも楽し😉 




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憂歌団の『嫌になった』を味わって弾いてみた

2023年09月16日 | 楽器
読者の皆さん、お久しぶりなのだ

三連休の初日を如何お過ごしだろうか?

連休だからといって無理矢理に出かける必要もないと思う

私は家族を病院に連れて行くという予定があったのでそれで一日が潰れた

ここ最近は諸事情から自分の時間を諦めているのだ

長い人生にはそんな時期もあると思う

自宅待機もそう悪くないと思う

そんな時に役立つ遊びのアイテムはギターなのだ


家事や雑用の合間にも気軽に弾ける

特に準備不要のアコギは超便利だと感じられる

ゴチャゴチャと言い訳を言って弾かないのでは意味がない

理由はどうあれ弾かないということは何もしないのと一緒だと思う

趣味のギターなれど有言実行が大事だと思う

最近はブラインド(暗譜)で弾ける曲を増やすことを目標にしているのだ

ギターを弾けない人にも分かってもらえるアレンジを目指している

歌物の曲はアレンジが難しい

歌の後ろで結構難しいことをしている曲も多い

歌の相まって曲が成り立つというアレンジも多い

ブルース系では憂歌団が好例だと思う

単なる3コードのブルースで終わらないのが良いことろ

リアルタイムで聴いていたわけではない

アコギを頻繁に弾くようになってから興味が湧いてきたのだ

秀逸な曲が多いが誰もが分かるという曲を選ぶならばヒット曲になる

ベタだが私は『嫌になった』が大好きなのだ

ギターを弾かない人でもどこかで一度は耳にしたことがあると思う

この曲はオシャレ系のブルースなのだ

ジャズ系ブルースからも影響を受けているように感じられる

この曲が弾けると少し自慢できると思う

一目置かれる難曲だと思う

先に述べたように歌ものをアレンジする場合にはある程度メロディを追いかける必要がある

つまりは歌と伴奏を同時に完結させる必要がある

これはどんなジャンルのソロギターにもいえる

プロがアレンジしたソロギター集も多いが申し訳ないがアレンジが下手なプロも少なくない

やはり、ギターはセンスに尽きる

プロだから100点満点ではないところがギターの奥深いところ

私の知り合いにもプロがいるが・・・

私の目には『自称プロ』に映る

実際のところ、ギター一本、腕一本で食べているプロを知らない

サラリーマンやバイトと併走しているような感じなのだ

生活するためには仕方がないと思うが・・

プロを語るには覚悟が足りない気がする

他の仕事があるからギターに本腰が入らない

人間は切迫しなくてはダメなのだ

生きるか? 死ぬか?

くらい追い詰められる必要があるのだ

仕事でも趣味でも常に逃げ場を用意している人がいる

覚悟が足りないのだ

覚悟を決めた人間は強いものなのだ

先に述べたように私はここ数年は自分の生活を諦めている

覚悟を決めたのだ

それはそれで潔く心地よい気分になってくる

まぁ、私の場合にはギターと美味しい食事があればなんとか生きていける

ギターは十分に心の栄養源になっているのだ

私はあまりイライラしたことがない

特にストレス発散を意識はしていない

ギターを弾くことで嫌なことを忘れてしまう

短時間でもギターの集中することでリセットされるのだ

むしろ、時間に追われる方が濃密にギターと接することが出来る

憂歌団の『嫌になった』はすでに弾けるのだ

歌ものの伴奏という感じなのだ

今回のアレンジは伴奏に歌のメロディを織り込みたいのだ

真面目にすべてを追いかけなくても良いと思う

所謂、要所を押さえればそれっぽく聴こえくる

すでに9割が完成しているのだ

あとは何回も弾き込むだけなのだ

私のアレンジはこんな感じで生まれるのだ

完全に耳コピすることもあるが・・

土台としてコード進行だけが分かっているというパターンが多い

最近、アレンジが完了した『海が見える街』もそんな感じで煮詰めていった

難しいコードを省略する人がいる

これはダメだと思う

ギターにとってコードは最重要なのだ

『嫌になった』もテンションコードが多様されているのだ

簡単なコードに変換することも出来るが原曲のイメージが変わってしまう

私はエレキでもアコギでもとにかく原曲のコードを大切にしているのだ

難しいコードを克服すれば引き出しが増える

ある程度、アレンジが決まると録音してみるのだ


結局のところ、自分に一番厳しいのは自分なのだ

少なくとも私は自分のプレイには厳しい

「厳し過ぎるんじゃない?」

と苦笑することも多い

誰かと競い合っているわけではないのだ

例えるならば自分自身と戦っているような感じ

中途半端な感じでギターと向き合ってい自分が許せないのだ

趣味なれど、納得いくまで極めたい

上手いとか下手ということよりは努力を惜しみたくない


すべての答えは録音データに残っているのだ

ギターに行き詰まっている人は録音という作業をお試しいただきたい

ちなみにスマホなどの簡易録音ではあまり意味がない

真剣にギターと向き合うならば本格的なレコーダーを用意したい

”ギターに関するグッズをどのくらい買っているか?”

ここ半年くらいの出費額を計算してみていただきたい

「ほとんど買ってないなぁ・・」

すでに関連グッズが充実している人も多いと思うが・・

ギター弾けばそれなりに消耗するグッズも少なくない


私は良く弦を切ってしまう

指弾きでも弦を切ってしまうことがある

フレットが磨り減るのも当然だと思う

親指で弦を弾きフレットにバチバチと叩きつける

そんなラフなプレイが最高に心地よい

お上品なアコギは私のスタイルではないのだ

少し脱線したが・・・

アレンジの残り一割は間奏のリード部分なのだ

原曲とは少し違ったアレンジを目指しているのだ😉 


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検索履歴について考える

2023年09月12日 | 楽器
現代人にとってネットは切っても切れない関係だと思う

スマホが身近になったことでネットも生活に根付いた

スマホやパソコンに触れなかった日があるだろうか?

多くの人はスマホやパソコンで何をしているのか?

千差万別だと思うが・・

おそらく多くの人は何かを調べているのだと思う

実際のところ、私自身の検索比率はかなり高い

時間があると何かを調べているのだ

最近は時計と料理が多いような気がする

Googleで検索することも多いがYouTubeでダイレクトに検索をかけることも多い

最近は動画の時代なのだ

割とディープな情報がゲットできることが多い

最近はどうでもよいような邪魔な動画にヒットする機会が減った

これはギター関連にもいえる

弾いてみた動画や買ってみた動画が減った気がするのは私だけだろうか?

皆無ではないがヒットする動画が割と良質な投稿だったりすることが多い

数年前は本当に酷かったと思う

誰でも投稿できるという無法地帯だった

特にギター関連は酷かった

ギターを練習している過程の動画を誰が欲しているのか?

それに賛同する人もいるのだろうが・・

私はまったく興味がない

むしろ演奏自慢の動画は大歓迎なのだ

というか投稿するからには他人に自慢できるくらいにブラッシュアップしてほしい

キラリと光る何かが欲しいと思ってしまう

YouTubeなどもお勧めの動画を観ていると少しゾッとすることがある

完全に私の検索が管理されているのだ

考え方によっては便利な機能ではあるが気分が悪いこともある

まさに筒抜けの状態なのだ

Googleなどの検索サイトも同様なのだ

ログイン状態で使っているとスマホでも検索履歴が追いかけてくる

私は個人で管理しているが家族などと共有しているパソコンでは注意が必要だと思う

やはり、一家の主がパソコンやスマホに詳しい必要がある気がする

若い世代に太刀打ちできるかは微妙だが・・

色々な意味で頑張るべきだと思う

ネットは便利な反面で難しい面も併せ持っていることを肝に銘じるべき

まぁ、詳しくなくてもその辺りを理解できているならば良い気がする

ショッピングサイトなど検索履歴やお勧めには苦笑することが多い

最近、鞄と時計を買ったのだ

小物などを含めるとチラホラとネットで買い物をしている

鞄を買った翌日にお勧めで鞄が表示されていた

時計も同様なのだ

腕時計を買った人が近々にもう一つ時計を買うだろうか?

微妙だと思う

これは楽器にもいえる

仮にギターを買った人がいるならば、関連グッズとしてケースや小物などを勧めるべきだと思える



ギターを買った人に似たようなギターを勧めるのは如何なものか?

要改善の部分だと思う

ネットで何かを購入する時にはレビューを参考にすることも多い

まぁ、サクラ的な書き込みも少なくないと思うが概ね参考になることが多い

埋もれたレビューから自分が欲しい情報をゲットする力が必要だと思う

これは動画サイトやブログなどの検索にもいえるかもしれない

自分が求めていないブログなどに度々遭遇する人は検索の技術を磨くべきだと思う

時は金なり・・

時間くらい貴重なものはない

特に時間に追われるような生活を送るようになると痛感させられる

暇を持て余していた学生時代が懐かしい

そんな時間の過ごし方が現在に反映されているのだと思う

現状を嘆く人も多い

自分の過去を振り返ってみるべき

私も反省の日々なのだ

完璧な人はいない

人間など不満の塊だと思う

何でも良いのだ

何か誇れるものがあるだろうか?

本当に何でも良いと思う

私はギター愛なのだ

ギターが好きだという気持ちは誰にも負けない

「言うわりにはギター持ってないじゃない?」

ギター愛はギターの所有数ではない

私はそう感じているのだ

少ない本数のギターの調子を見ながら対話をしているのだ

数十年という時を経てようやくギターの声が聞こえるようになってきた

擬人化は微妙だが・・・

私にはそう感じられる

ギターが求めている弾き方ができるようになってきた


テレキャスは良い教材だと思う

三連サドルのテレキャスで気持ちよく弾けるようになれば本物

指先でピッチのコントロールが出来ている証拠になる

テレキャスはアコギに通じるものがある

良い意味でアナログなのだ

ギターに限ってはアナログは最高の褒め言葉だと思う

アナログだからこそ弾き手の技量が如実に反映されるのだ

ギターのテクニックはお金では買えない

ちょっとした成金おじさんならばそこそこのギターは買える

私のような庶民でもローンを組めばどんなギターでも買える

多くの賢明なギター弾きは買わないだけなのだ

買えないのではない

しかしながら、ギターのテクニックはお金では買えない

仮に教則本を100冊買ったとしよう

それで上手くなるだろうか?

そもそも読破できるだろうか?

お金をかけてギター教室に通うという方法もある

通えば上手くなるのだろうか?

私は通った経験がないのでなんとも言いがたい

自分が経験していないことに関しては表現が曖昧になる

分からないことや知らないことを自信満々で語る気がしない

逆に自信があることに関しては声を大にして言いたくなる

検索から脱線してしまったが・・・

現代においてはギターの練習にも検索を上手に活用すべきだと思う

上手い人の演奏に刺激を受けることも良いことだと思う



メンテの達人に最良の方法を学ぶのも良い

仮に自分が上手くなって発信者側になったなら多くの人に有益な情報を提供すればよいと思う

誰かが経験したことを無料でゲットできる環境は素晴らしい

私はそう思う😊 




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