




きのう~きょうの1泊2日で、母と私のふたりで「夏業務ごくろうさん旅行」に行ってきました。
うちの福利厚生事業…?



ごくろうさん旅行だから〝パァーッ!〟と出掛けたいところだけど、月末、私のスケジュールが案外詰まってしまったので、今回は「遠出」が難しかったです。近場でノンビリと温泉旅館を楽しもう



↑ここへ、行ってきました

わし、湯の花温泉へ行ったのは今回が初めてです。
旅館でのひとときをゆっくり過ごすことができました。
晩ごはん、朝ごはん、完食

今回、親父の写真(小サイズ)も持参して〝一緒に〟ビール乾杯しました


思えば、2020年にコロナ禍が始まったのを機に、親父も外出を控え気味になりました。
2020年の時点では、まだ親父の「癌」は発覚していないです。
『コロナに感染したらいけないから、旅行に出かけるのも控えよう(自粛)』
…ということで、私も、父母と旅行に出かけるのを中断しました。
『コロナが終息しないうちは、温泉へも出かけられへんなぁ』
と親父は言って、コロナ終息の後にはまたいつか旅行できることを楽しみにしていました。
でも、翌年2021年に癌の病気が見つかり、以降、旅行どころではなくなった…。
よく言われることですが、旅行って『自分が元気で行けるときに、パッと出かけておかないと、ダメ』やね。
「いつか行こう」「そのうちに行こう」なんて考えていたら、結局、行けないまま終わってしまう、かも


↑旅館の売店で、かめまるシールワッペンを買いました。

↑旅館で一泊して、きょうは、湯の花温泉から兵庫県篠山の福住へ行き、福住駅跡の碑を見学しました。
福住から京都縦貫道「京丹波みずほ」インターへ至り、そこから縦貫道を天橋立方面へ突っ走りました。
この画像は、由良川PAにて。今回は「パ号」で出動した。
きょうは縦貫道も空いていたのでスイスイ走行でき、結局、このあとホンマに天橋立まで行きました。
天橋立で昼ごはんに海鮮丼を食べて、また縦貫道を引き返してそのまま帰宅しました。
久しぶりに温泉旅行に出かけられて良かったです

◎福住駅跡(国鉄篠山線跡)に立ち寄る

↑国道372号線沿いに、福住駅跡の碑があります。
篠山線(ささやません)の終点だった福住駅が、この場所にあった。
現在、国道372号の道路になっているところが線路跡地みたいです。
篠山線は、私が生まれる前の、昭和47年3月に全線廃止されています。
福住の読みは「ふくすみ」が正しいようですが、当時は「ふくずみ」の表記も混じっていたとか。



↑「ふくすみ」の駅名標石碑の向かいに農協倉庫の建物があります。
いかにもプラットホーム的な雰囲気なので、「貨物積み込み用のホーム跡か?」と思って撮影。
でも、帰宅後に調べてみたら、この倉庫建物は当時の鉄道施設とは無関係のようです。

↑『交通公社の時刻表』1972年<S47>2.3月号(復刻版)、索引地図より。
福知山線の篠山口から福住までを結んでいるのが、篠山線。
この号が、篠山線掲載の最終号。1972年3月1日に篠山線は廃止されました。

↑『交通公社の時刻表』1965年<S40>11月号(復刻版)より。
篠山線の列車運行は1日7往復でした。
時刻表では「ふくずみ」と印字されています。

↑『交通公社の時刻表』1972年<S47>2.3月号(復刻版)より。
1972年3月1日の篠山線廃止直前の時刻表。昼の列車が無くなり1日6往復になっている。
上段、播但線には「特急はくぎん」!? なんだ、それ。 しかも和田山も通過

「はくぎん」は、播但線経由・大阪発鳥取ゆき季節臨時特急だったんやね。
大阪8時07分発。停車駅は三ノ宮、姫路、八鹿、江原、豊岡、城崎、浜坂、鳥取12時36分着。
快速「但馬銀嶺」号もユニーク


◇ ◇ ◇


篠山口駅~園部駅を結んだ園篠線(えんじょうせん)のバスが、福住を通っていました。篠山線(鉄道)は、福住からさらに園部まで路線延伸する計画があったようですが実現しませんでした。鉄道延伸の夢を乗せて国鉄バスが篠山~園部を結んでいたのですね。
篠山口駅~福住駅の間にも国鉄バスが走っていたんやね。篠山線(鉄道)と国鉄バスが競合してしまうように思えますが、鉄道は篠山の中心地からだいぶん離れたところを通っていたので不便だったという話も有名です。その点、国鉄バスは道路を通って篠山の中心部へ乗り入れたので使い勝手が良かったのでしょう。
現在、この区間に国鉄バス(JRバス)は走っていないけど、地元バス会社に受け継がれています。篠山~福住間はウイング神姫(神姫バス)、福住~園部間は京阪京都交通が運行しています。