田草川弘著、"
黒澤明vs.ハリウッド?『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて"を読了。480ページに及ぶボリュームたっぷりの本ですが、面白くって一気に読んでしまいました(^_^) 田草川氏の丹念な取材と自らの体験で語られる内容はリアルな迫力があり、スリルとサスペンスに満ちあふれ、まさに真実は小説よりも奇なりと言った感じです。
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トラ・トラ・トラ!"は個人的にも大好きな作品で、今もって本作を越える戦争映画は存在しないのではないかとさえ思っていたりするんですが、黒澤明の作品であったら全く別物だったろうなぁと妄想してました。本書を読み、これほどとは…と衝撃的でした。黒澤は戦争スペクタクルではなく、山本五十六の物語を作ろうとしていたんですねぇ…。山村聡演ずる威厳に満ちた山本像ではなく、飄々とした一面ももつ人間くさいキャラクターを描こうとしていたというのも興味をひきます。そしていかにも彼が採り入れるであろう、ギリシャ悲劇の要素と、トルストイの"戦争と平和"をベースに着想していたといった構想に唸ってしまいましたし、是非観てみたかったなぁと…。
降板劇については当時からノイローゼなどの病気説が流布されて、なにか違和感を憶えていましたが、本書を読むと黒澤の異常と見える挙動の裏には、幾重にも重なる誤解・不安・焦燥があり、フォックスとの契約関係において、完全に蚊帳の外におかれ、孤立無援な状況においやられた事の結果であろうことが炙り出されていきます。ビジネスと創作活動のバランス…。私自身も常に悩まされる事の多いテーマですが、このバランスが崩れていくとトンデモナイことになってしまいますねぇ…。
そのバランスさえ問題がなければ、すごく上手くいったと思うんです。フォックスも黒澤スタイルを尊重し、ハリウッド的な慣例さえ超越しようとしていたフシがありますし、日米を極力対等に扱おうとする意志は結果として完成された"
トラ・トラ・トラ!"という作品からも充分伝わってきますから。黒澤の演出へのコダワリには、困惑すること然りだったらしいですが、関係が良好であれば、結果オーライだったと思うんですよ。ハリウッドでは有り得ない監督による編集でさえ、もしかしたら許容していたかもしれない…。今更ながら、惜しい、本当に口惜しいと感じます(×_×;)
その上、太秦撮影所という慣れない環境、素人俳優を多用する試みがさらに崩壊を加速させ、あらゆる要素から真空状態となり、作品のテーマ通りの誤解による悲劇を自ら演じてしまったのは、皮肉ですし、痛々しく、切なくなります。
以前、WOWOWで放送された"ヒストリー・スルー・ザ・レンズ/トラ・トラ・トラ!"(制作2001年)という本作のメイキング番組をビデオに保存しておいたので、あらためて見たのですが、本書にも頻繁に登場するエルモ・ウィリアムズとリチャード・ザナック両プロデューサーのインタビューからも当時の苦渋が隠しきれず滲み出ています。
"トラ・トラ・トラ!"はアカデミー賞で特殊視覚効果賞を受賞するなど一定の評価はされるものの興行的には失敗、ザナック父子もフォックスでの地位を追われ、関係者の悲劇の発端にもなってしまったようです。
それにしても…黒澤版「虎 虎 虎」…観てみたかったですねぇ(^_^;