高橋治さん、1929年千葉県生まれ。東大文学部卒後、1953年松竹に助監督として入社。「東京物語」にも関わり、その後松竹ヌーヴェルヴァーグを担うも、1965年作家に転じ、1983年直木賞作家となった人です。
いや~
この本大変面白かったです!!
やはり作家さんの筆致の凄さに魅了され、スイスイと読めて、遅読の私にしてはかなり短期間で読めてしまいました(^_^)
やはり、映画製作の現場で、直にやり取りしていた人の話は説得力と迫力が違う。さらには直木賞も獲ったプロの作家さんですからね、読み応えにズシンとくる物があります(^_^)
小津安二郎さんのあらゆる側面を直接・間接的に深みある描写で、ファン必読の書であることを認識した次第です。
その中で、特に強く印象に残り、私自身突き刺さってしまったエピソードを紹介したいと思います。
高橋さんは、ある日の夜偶然に新橋駅で酒に酔いつつ一人佇む小津と遭遇します。声をかけることもなく横須賀線の同じ車両に乗り込み、「男純情の愛の星の色~♪」を繰り返し歌う小津をジッと観察...やがて存在を気づかれ、隣の席へ移り会話します (以下、本文より引用します)。
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「なあ、ミスター浜頓別」
“あッ”という声を辛くも押えた。
「お読みになったんですか」
「読んだ」
読んだとは、私のシナリオのことだった。数年前、旅先の北海道から『東京物語』の助監督に呼び戻された時、どこへ誰に会いに行っていたのかを、勿論、私は小津に話さなかった。だが、その時の経緯を下敷にした『ツンドラの夏』というシナリオを同人誌『7人』の第二号にのせた。小津はそれを読んだのだ。で、私に浜頓別と呼びかけたのだった。
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小津さんは「勘定合って銭足らず」と感想を言い、なにもかも開けっぴろげに全部見せすぎていて、腰巻チラチラさせてる女のようだと指摘します。
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「怒らないのかい」
小津はからかうように私を見た。
「おっしゃる通りだと思いますから」
からかいの表情が小津の顔から消えた。
「......だから嫌だよ。酒のまない奴は。すぐに理に落ちる」
小津はそっぽを向いた。“酒をのまない男を俺は信用しない”。それは『東京物語』の撮影中私にいい続けたことだった。
気不味い時間が流れた。戸塚、大船と無言のままで駅がすぎた。北鎌倉が近づいた頃、小津がぽっつり、といった。
「その刃物だけどな」
「はあ」
「抜かないですみゃ一番良いんじゃないのかな」
「見せず仕舞いですか」
「そう」
返事はいとも素気なかった。
「じゃ」
と北鎌倉の駅へ速度をゆるめる列車の中で小津が立ち上がった。
“抜かないですめば一番良い”
そこを、押してもっと聞きたかった。
「小津さん、鎌倉でもう少し御一緒出来ませんか」
言葉が喉元まで出かかっていた。だが『東京物語』の時のいきさつ、酒の相手が出来ない自分、それらが私をはばんだ。
小津は二等車を前へ歩き去り姿を消した。北鎌倉の駅のフォームは下り線の場合出口に向かうには進行方向に向けて歩く。電車が動き出せば、いやでもフォームを歩く小津を窓の外に見ることになる。
小津は、ある気ながら、また、揺れていた。
「お宅まで、お送りします」
なぜ、そのひと言さえいえなかったのか。今にして、それが悔やまれる。誠に可愛げのない青年だったのだろう。
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作者の高橋さん...お酒の飲めない人だったんですね...。
後輩である大島渚さんや田村孟さんらが小津さんと酒を酌み交わすことにより、「
酒ゆえに小津の人柄の類いまれな暖かさにふれている」と羨望の眼差しを向け、それが無い自分は「常に、覚めて、小津を見ていた」とし、心の触れ合いが持てなかったことを悔やみます。呑兵衛な小津さんから見たら、冷ややかで付き合い辛くて面白みのない野郎だと思われていたんだろうなと(×_×)
この状況、下戸である私もどれだけ悔しい思いをしてきたか...痛切に響いてしまいました(ノД`)
俗に「飲みニケーション」とか言ったりしますが、飲める人同士って、大した接点がなくても、関係がスムーズになり、交友関係でも仕事関係でも、広がりある可能性を最初からもっているんですよ...。これって本当に大きな要素で、今もって、酒が絡みそうな会合など、まず、自分から言い出すことができませんし、誘われても及び腰になってしまう(´д`)
それが出来ない自分...コンプレックスは計り知れないんです。相手の懐に素直に入れない、人たらしにも成りきれない...飲める人からすれば大した事じゃない、考え方次第じゃない?って軽くいなされるだけなんですけどね、乗り越えることが難しい大きな壁であることは確かなんですよ。単に体質だけなのに理不尽だよなぁ...つまんないヤツと敬遠されちゃってるだろうなぁ...といつも悶々としています><
上記引用に引き続き、小津さんへの想いを強く書き記した一文も印象的です。
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懐にのんだ刃物は抜かないですめば一番良い。まさに小津のいう通りなのだが、小津は登場人物が刃物をのんでいることまで隠してしまったように思える。たとえば、傑作三部作だが、疑問の余地がないほど正しい位置に置かれて、もはや動かす余地はないのか。恐らく、そうではない。巧緻に磨き上げられた宝石が、光線のある角度によっては、予想もしなかった色彩に輝くことがある。小津には、まだ、光をあてられず、見落とされてしまっている幾多のものがあるのではないか──。
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本書タイトル「絢爛たる影絵」の意を著している名文です。
お酒の話題として取り上げてしまいましたが、この本、実に人間としての小津安二郎を生々しく活写し炙り出していて、本当に面白かったです!もっと早く読むべきだったと後悔するくらい(^_^;
小津本として最高位にある一冊だと感じました。
高橋さん、昨年に亡くなっていたんですね...。
遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。