こうの史代さんの手による原作に衝撃を受けたのは、そもそも独特で生臭さえある「恋愛描写」がなされていたからなんです。
それまでも戦時中のエピソードで、夫婦や恋人の関係が悲劇的に引き裂かれるお話しは数多く存在していましたが、「この世界の片隅に」がユニークだなと強く惹かれたのは、空襲など極めて危機的状況の中で夫婦喧嘩をさせていることでした。
ここでの周作さんとすずさんは、米艦載機による激しい機銃掃射に晒されながらも、そんなことは大したことではなく、ハエなんかが飛び回って煩わしく思ってる程度にしか捉えていないように感じ、向き合っている二人にとってはどうでも良いことのようにさえ見えてしまう...。
たいていの場合、戦争という巨大な相手に対して皆同じ向きで立ち向かいますし、夫婦や家族の間にある「感情」とか「事情」なんかは二の次三の次でそれどころではない、つまり作品のテーマとして取り上げにくいし、そんな発想も無かったりします。
こうのさんは、そんな極面においても食事もすれば喧嘩もするという日常茶飯なエピソードをタップリと描写し、それによって人間臭くなり、今を生きる我々と何も変わらないのだということを生々しく示してくれた。
そんな作品に(少なくても私は)初めて出会い、感激したのです。
それだけにアニメーション映画作品になるなんて(夢想しつつも)現実となり、こんなにメジャーでビッグタイトルに成長するなんて想像もできなかった。
監督の片渕須直さんもいつだったか、枕元においておきたい作品というような事を仰ってましたが、私も同じで、祖母の内緒話のように、そっと自分だけの心に仕舞い...そしてたまに本棚から出して静かに味わっていきたい物語だなと思ってましたし。
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は原作にあるエピソードをふんだんに盛り込み、一歩も二歩も躙り寄った感のある作風となり、片渕さんの言に由れば「すずさんの内面と喪失を、文芸的に描いている」ものとなりました。
文芸的...昭和30年代までの小津安二郎・成瀬巳喜男・溝口健二らが得意とした愛憎劇の感触に近い...男女間の心情の生々しさが炙り出されたものと解釈してます。
個人的には...戦時中に実際にあった祖父母世代の不倫を伴うイザコザ話しにオーバーラップして、親近感というか...人間なんて、どんな状況下でもやることはやるんだよなぁ...というリアリティを強くかんじてしまうのです(^_^;
そのため本作は16年版「この世界の片隅に」にあった普遍的でドキュメントタッチなドライは奥に引っ込み、ウェットさが増しています。
そして人生に起こる出来事はキレイな事よりも汚い事の方が多い...こうのさんは戦時中を舞台にそんな表現をやってのけ、さらに片渕さんは同じ原作で二本の映画によってこの域に達した...本当に素晴らしい仕事をしたと思っています!
かつて無い試み...大いなる実験とも絵言えますが...ここは非常に好みの別れるところでもあり、人によって好みも意見も別れるところだなと思っています。