「堂島地下センター」・・四つ橋線の西梅田駅から南へ約300メートルの地下街で、1本道の両サイドにファッション、食事のお店、喫茶店、書店、スポーツ店が軒を並べています。今もこの筋にスポーツ店が生き残っているのが、ちょっと不思議。大きなジュンク堂もあるし、花屋さんなど案外いろんなお店があります。
またこの道は、朝日新聞、毎日新聞、サンケイ新聞などへの通路になっていたのが特色でした。サンケイのサンケイホール、毎日の毎日ホール等が新聞社の建物の近くにあり、夜9時過ぎになると、興奮から冷め切らない表情の男女が梅田方面へ歩く姿が見られたものです。大阪フェスティバルホールへ行く人も、この道を利用しました。
この写真は昭和61年(1986年)の毎日新聞社と毎日大阪会館。毎日大阪会館は北館と南館に分かれており、1956年に北館が、1958年に南館がそれぞれ落成。北館に毎日文化ホール、南館に毎日ホールと大毎地下劇場がありました。
毎日ホールは昭和33年(1958年)に完成した多目的ホールで、客席数は1,418人。毎日大阪会館の南館の2~4階を占めており、芝居、映画会、講演会などを開催していました。
僕は、1980年12月22日に太田裕美の「まごころこんさあとⅨ」と、翌1981年12月15日の太田裕美「まごころこんさあとⅩ」を、毎日ホールで観ました。後者のチケットは2500円でした。今考えると・・安い!(笑)LPレコード1枚の値段より安いですから。
そして地下にあった「大毎地下劇場」は、過去の洋画・邦画の中から秀作を選んで上映していて、80年代にポルノばやりの映画館の中で気を吐いて頑張っていました。ムーブオーバー作品を2本立ての低料金で提供してくれていましたが、1993年3月28日に閉館となりました。
過去に封切りされた映画のパンフレットの販売も好評で、梅田東映パラスの入口の横にも封切り後のパンフを置いていましたが、ここも好評でした。1983年に「狼男アメリカン」と、ジャック・ニコルソンの「郵便配達は2度ベルを鳴らす」を観たことが印象に残っています。
現在はここには、北館跡には堂島アバンザ、南館跡にはホテルエルセラーン大阪と堂島プラザビルが建っています。