元「週刊ファイト編集長」の井上義啓氏が12月13日午後1時すぎ、大阪市内の病院で、胃がんのため永眠されました。故人の遺志で香典、献花は受け付けません。公表も控えられていましたので、僕も自粛していましたが、そろそろ報道されて来ますので、追悼の為にもここに公表させて頂きます。
井上義啓氏は、昭和42年の創刊当初から大阪に本拠を置く「週刊ファイト」の第一線で活躍。井上義啓氏と言うよりも、I編集長(あいへんしゅうちょう)の呼び名で有名でした。単なる試合レポートでは、東京のマスコミには勝てないと、スクープ性を強く持った紙面であると同時に、他のプロレスマスコミとは1線を画した、「活字プロレス」を生み出し、紙面を構成。特にアントニオ猪木のプロレスに傾倒した井上氏の記事は、独特の切り口で大人気を博しました。
その結果「週刊ファイト」は、東の「東スポ」、西の「ファイト」と並び称され、特にコアなファンの熱い支持を集めました。井上義啓氏の独特のプロレス観は「I編集長の喫茶店トーク」という形で表現され、それまでなかった「活字プロレス」という新たなジャンルとして支持されました。井上氏がプロレス界に残した功績は絶大なものがあると言えるでしょう。僕も編集長にはお世話になった1人です。2005年7月より闘病生活を送っていましたが、本年9月に末で休刊となった「週刊ファイト」を、まるで3か月後に“追う”ように…遂に帰らぬ人となりました。心よりご冥福をお祈りします。
最新の画像[もっと見る]