阪神パーク。阪神間で動物園、遊園地、プールと何でも揃った西宮市の甲子園の近くにあった娯楽施設でした。宝塚ファミリーランドやエキスポランドの陰に隠れるように、僕の友人でも行ったことが無い人が多いのには驚きます。
甲子園球場、鳴尾競馬場、阪神パークは、阪神電車にとってのドル箱でした。
動物園、当時日本最大級だった阪神水族館、遊園地、プール、スケート場を揃えていたのが阪神パークで、ここだけで見ることが出来る「レオポン」(豹とライオンを掛け合わせて生まれた動物)も人気がありました。
しかし、学校の遠足などを誘致していたレオポンも、1985年にはみんな剥製になってしまい、この辺りから阪神パークが下り坂に向かったような気がします。
屋外プールには滑り台や人工波の装置を設け、女性アイドルのミニコンサートも開催。阪神パークは懸命の集客策を繰り広げました。
にも関わらず、廃れて行った大きな原因の1つは、やはり阪神淡路大震災でしょう。震災によって利用者が激減したことによって、大阪球場と同じように、1997年に園内に住宅展示場を設けてしまったのです。これは大きなイメージダウンでした。
とどめを刺したのは2001年のUSJの開業。2003年3月30日をもって閉園になってしまいました。後を追うように宝塚ファミリーランドも同年8月31日に閉園、エキスポランドも2009年まで持ちこたえて閉園となりました。
今はUSJが子供を独占した形になっていますが、こういう子供の遊園地が無くなり、ディズニーランドやUSJだけが残ることはどうなのでしょう。子供の創造性を育むという意味でも、遊園地は全国でも壊滅的ですが、絶対に必要だったと思います。