毎週 江ノ島でセーリングを愉しみ 人生を愉しむ♪

ヨットを自作し帆走♪
中古ヨットを買って直しながら帆走♪
多岐にわたる知識が必要ですがマダマダ

バイクの思い出・・・その4

2010年01月23日 | Weblog
今日も横浜は、朝から晴れて気持良いです





話は遡りますが・・・・・


二昨日と同じ書き出し・・・・・
実は、今パソコンで探しました



これ、ヤマハの JT 60

通称ミニトレ

当時のヤマハは シリーズ名が確立?実に分かりやすく整理されていました



F J A D R

の 5種類


だったと思う・・・・




F =   50
J  =  60
A = 125
D = 250
R = 350


数字は全部排気量です



各々、山道を走る トレール の T

と、

街中を走る X だったかな
何でも出ているネットを操っても出てこないな~

違ったかな??

とにかく・・・いい加減・・・
 上記のアルファベットの後ろにつきます

僕が乗っていたのは
JT
だったので
60cc

当然・・・・
昨日までのブログを読んでいただければお分かりのように・・・・

山道用です


この小さな・・・トレール車
ミニ トレール
ミニトレ





に姉と二人乗りして・・・・・

毎週のように

日曜日、乗せて行って♪

ヨットに乗せてあげるから

と、甘い言葉に誘われて・・・・江ノ島へ

毎週行ったとしても
姉のヨットじゃなく
姉の会社のヨット

三艇ありました
210番台のシーホース
300番台のシーホース
510番台のシーホース



横山晃さんが設計し、式根島まで行った雰囲気が残るのは
200番台までだ

と、何かで読みましたが

210番台・・・・・・・あーーーーもっと良く見ておけばよかった
確か、デッキに小さなウインチが付いていた

今はウインチなんてクルーザーにしか付いていませんよね




僕が風が弱い時にヒールをさせるバラストとして乗せてもらえるのは
当然毎週じゃない
それも 510番台のヨットなんか眺めるだけ
ピアノのようなシーホースでした

300番台は乗せていただいたことがあったかな

でも、主に210番台でした

船体のペンキ塗り
マストのニス塗りも手伝わせれましたっけ


これはやっぱり自分のヨットがなければ
自由に乗れない

と強く思ったのもこの頃・・・・


そして、8年後に自分の船を浮かばせた♪


この当時・・・・37年前・・・・
母校 関東学院のヨット部は常に県のトップにいた

今考えれば、ヨット部がある中学・高校が少なかったんだろうが・・・・



顧問の F 先生は自慢の初代コロナに乗って
(このときからもう、クラッシックカーの域でした)
毎週駐車場の隅で本を読んでいた

そして、僕の船が進水式を済ませたあともコロナに乗って駐車場にいた


F先生・・・お元気かな?

関東学院のヨット部が強風で出艇を見合わせていたとき
今、小田急のヨットハウスがあるところで船を漕ぐパドルで野球をやっていた

でも、実業団の姉の会社のヨット部は海に出ていた

3人乗りが常だったのに
風が強くてヒールが起せない
というときにオモリとして乗せてもらった事もある

昨日のパリダカのお弁当箱に入っていた認定証



この認定証があれば・・・・

日本中どこのレンタルヨットにでも乗れる??



知らない・・・・・!!

レンタルヨットを見たことがないし・・・・


そうか!!!!!

裏面を見ればどこで どうやって使うか書いてあるのかな??





あちゃーーー
何に使うんだろう?


今でもこんな制度あるのかな?

名前はあっても写真がないので
誰に貸しても分からないだろうし・・・・・・

そうか!!
バルボアアイランドでレンタルヨットを借りたときに提出してみればよかったかな?

Japan Yachting ssociation

って、書いてあっても・・・・役にたったかな?
日本の小型船舶免許を持っていっても役に立たない

って、聞いたこともあるし・・・・




なんて書いたらお金を出して

少しヨットの基礎から覚えておいで

と言ってくれた姉に叱られる




とにかく、姉がこのお金を出してくれて受講した




基本的な講義を受け
ロープワークから
クルーワーク
スキッパーワーク


をやり・・・・

最後のテストは
決められたコースをスキッパーとして帆走

これは、きつかった・・・・

僅か50mほどの距離の間に
タックを何回・・・・ジャイブも何回

と、かなり沢山の数を・・・・

タック タック タック タック タック・・・・・・

と、繰り返しました

ディンギーヨットに乗られた方は分かると思いますが
タック、と言って風を受ける舷を変えるには
それなりのスピードが乗っていないと風上で止まってしまうので
続けてやるのは・・・・・

でも、あの時はそれなりに風が吹いていて助けてくれたのかな?

無事に回数をクリアできました・・・

でも、助けてくれたのは・・・・・




関東学院大学ヨット部の先輩・・・・と言っても僕は高校生でヨット部でもはありませんが・・・・




その先輩に僕 関東で バレー部

なんて話をしながらテスト会場・・・・海上・・・に向かい・・・・


僕を必要以上にヘルプしてもらいました


その時、受講した皆さんまだヨットやっているのかな?



こうして書くと、やっぱり姉の影響が大きいですね

僕が舵を握って海に出られるのも
姉のお陰ですね

さー明日も行ってこよう♪








コメント
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