玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ホセ・ドノソ『別荘』(17)

2015年12月06日 | ゴシック論

④―4
 例の槍の引き抜きの場面を思い出してほしい。槍抜きは親たちへの抵抗、あるいは秩序の紊乱として位置づけられたのであったが、もともとは「侯爵夫人は五時に出発した」ごっこの一部をなしていた。ドノソはこう書いている。
「この槍抜きこそ、「侯爵夫人は五時に出発した」の予期せぬ魅惑の一章であり、誰もがそのつもりで、いかに短期間にいかにたくさんの槍を抜くか、誰が最も大きな空白を作るか、抜いた槍を誰がいちばん遠くへ飛ばすか、等々を競っているのだった」
 その前にドノソは次のようにも書いている。
「これから一気にこの象徴的事件の全貌を明らかにし、私の物語の中心に据えておきたかったからだ」
 ここで"象徴的事件"と言われているものこそが"槍抜き"に他ならず、この槍抜き事件を境にして子供達は大きく二分されていくことになる。槍はもともと原住民達の戦士の武器だったのであり、ベントゥーラ家の先祖がそれを奪って、別荘の防護柵としたのだった。
 ウェンセスラオは親たちの代理人として、「侯爵夫人は五時に出発した」ごっこをもって子供達を支配しようとする、従兄達に対する武装蜂起を呼び掛ける。
「後に続け、者ども! 今最も危険なのは、親たちの使いとして僕たちを抑えつけようとする年長の従兄たちだ! 僕の周りに円陣を作って跪き、敵に向かって槍を構えよ!」
 この決定的な呼び掛けが、子供達を二派に分裂させるだろう。だからこそ"象徴的事件"と呼ばれるのだが、それだけでなく槍がもともと原住民達の武器であったことを考えれば、ウェンセスラオの武装蜂起は原住民達との連帯をも意味しているだろう。
 子供達は大きく二つのグループに分かれる。一つは「侯爵夫人は五時に出発した」の遊びに執着し続ける従兄達、つまりメラニアとフベナルを中心とするグループと、もう一つは「侯爵夫人は五時に出発した」の欺瞞性を知っているウェンセスラオと、槍抜きの先頭に立ったマウロ、そして図書館に引き籠もるアラベラを中心とするグループである。マウロの弟たちもこの事件を期に二つに分かれるだろう。
 メラニアとフベナルは、使用人軍団によって子供達が支配された後も、この「侯爵夫人は五時に出発した」を続け、上の階に立て籠もって虚構の上流階級を形成していくだろう。ドノソは次のように書いている。
「使用人部隊の襲撃が、いとこたちの全員の心に傷跡や怨念を残したわけではなかったし、また、彼らの誰もが敗北に打ちのめされた者たちに心を寄せていたわけではなかったからだ。少数派ではあったが、上の階に閉じ籠もった一団は、階下へ降りていくことも、庭へ出ることもなく、ひたすらいつもの高慢な態度に磨きをかけていた。お察しの通り、この輝かしい一団を構成していたのはメラニアとフベナルであり、いつも作り話の中で生きてきた二人にとって、新たな虚構世界に適応するのにさしたる困難はなかった」
 つまり作り話の世界で生きてきたメラニアとフベナルは、クーデター後も虚構の世界に生き続けて、身の安全を図るのである。一方、マウロは後にアドリアノ・ゴマラのスポークスマンとさえなるだろう。ウェンセスラオ、マウロ、アラベラのグループは原住民と連帯してクーデターに抵抗するだろう。
こうして子供達が表象しているものが何であるのか明らかになる。この異常な子供達は直接的にはチリの国民を、ひいては独裁政権下のラテン・アメリカ諸国の国民を表象しているのに他ならない。


ホセ・ドノソ『別荘』(16)

2015年12月05日 | ゴシック論

④―3
『別荘』で35人の子供達が主役となっていることは間違いない。他の集団がかなり画一的に描かれているのに対して、ドノソは35人の子供達一人ひとりを描き分けようとしているからだ。子供達を多様性において描こうとしたところに、ドノソが子供達の存在を最も重要なものと考えていたことを見てとることが出来る。
 しかし何という子供達だろう。最年長者が17歳のフベナル、最年少者が5歳のアマデオであるというのに、この子供達はお互いにまるで大人のような会話を交わすのである(アマデオだけが時々幼児語を喋るのだが)。
 この小説における最初の会話はウェンセスラオ(9歳)とマウロ(16歳)の間で交わされる。以下のごとくである。
「今日の別れの儀式は、オペラのラストシーンのように怪しげで、何だか取ってつけたみたいだったな。そう思わないか?」(ウェンセスラオ)
「ここでの僕たちの生活自体がいつもオペラみたいなものじゃないか。今さら何がおかしいというんだい?」(マウロ)
「きっと、もう帰ってこないつもりで出発したんだ」(ウェンセスラオ)
「いったい何ということを言い出すんだい、君なんて小悪魔にすぎないというのに!」(マウロ)
「君の永遠の愛人(メラニアのこと)に訊いてみるといい」努めて冷静を装いながらも明らかに動揺している従兄を見て、今日こそ化けの皮を剥いでやろうとウェンセスラオは挑発した。「僕の性器については彼女がよくご存知だからね」
 こんな会話を9歳と16歳の少年が交わすわけはないので、いきなり読者は「何という小説を読んでいるんだろう」と疑心暗鬼に陥るだろう。それこそドノソノしかける罠であり、彼はここで『別荘』という作品には、尋常な子供など一人も登場しないということを予告するのである。
 と言うより、子供らしい子供が存在するという常識的通念を破壊すると言った方がいいだろう。年齢と発言との間の大きなギャップは、この小説の最後まで連続していくのであり、子供達がそれぞれ途方もない個性を持った存在であるということを際立たせていく。
 例の「侯爵夫人は五時に出発した」ごっこを主導するのは、メラニア(16歳)とフベナルであり、メラニアは"永遠の愛人"と呼ばれ、フベナルは"邪悪な侯爵夫人"と呼ばれている。マウロは"若き伯爵"と呼ばれてメラニアの愛人役をつとめる。メラニアは女装させられたウェンセスラオと、マウロの両方に対して所有欲を持ち、さらに叔父のオレガリオにもその気を持つ多情な少女である。
 フベナルは本物のオカマである。イヒニオ(15歳)とフスティニアノ(15歳)が男の子同士でキスしている場面を押さえたフベナルは二人に次のように言う。
「べたべたするんじゃない! お前たちはオカマじゃないんだ。わかるか? ここでオカマは俺だけだ」
 そしてこの異常な子供達は「侯爵夫人は五時に出発した」ごっこにうつつをぬかすのである。この子供達の遊戯は一体何を意味しているのだろうか。作者であるドノソはこの遊びについて、第3章「槍」で次のように分析している。
「豊富なお伽噺の蓄えをもとに子供たちの空想を支配するこの一団は、「侯爵夫人は五時に出発した」の挿話を次々と繰り出してマルランダ生活の一局面を紡ぎ出し、それを隠れ蓑に使うことで、親たちの押し付けてくる規則に不満を抱くこともなく、また、反抗する必要もなく日々を過ごすことができたのだった」
 つまりこの"ごっこ遊び"は空想によって現実を隠蔽し、子供達を従順にさせておくための儀式なのである。だからこの遊びは子供から脱しつつある最年長者によって主導される必要がある。そのことを最年長者であるフベナルは自覚している。フベナルの考えるところをドノソは代弁している。
「今望むことと言えば、しばらく両親の目を逃れて、この別荘で起こることのすべてを「侯爵夫人は5時に出発した」の作り話に変え、まだなりたくない大人に仕立てようと迫り来る現実を避けることだけだ」

 


ホセ・ドノソ『別荘』(15)

2015年12月04日 | ゴシック論

 次はベントゥーラ一族の親達である。これは言うまでもなく、ブルジョアジーを表象する集団に他ならない。彼らが実際に政変においてどのような役割を果たしたのかは分からないが、ベントゥーラ一族の誰もが口にする「もうこの話にも分厚いベールを掛けることにしましょう」などという科白から考えるに、ドノソはこの集団が少なくとも政変に対して見て見ぬふりをしたことを指摘したかったのだろう(⑧のテーマはこれで済ませる)。
  ベントゥーラ一族の親達の事なかれ主義は、『別荘』の最初から最後まで一貫している。事なかれ主義どころか彼らは現実に目の前で起きている事実をさえ否認するのだから、それを現実逃避と呼んでも差し支えないだろう。
 親達の想念の中では、自分達がハイキングに出掛けた一日の間に、子供達の世界では一年が経過していることも、子供達が大きく変貌をとげていることも、使用人達の軍団が子供達を支配するに至っていることも、すべてあり得ないことなのである。
 彼らは現実を直視しようとせず、変貌した子供達を相も変わらず溺愛しようとし、金や財産に執着することを止めず、お金のために外国人達におもねり、原住民達を差別し続けるだろう。しかし、彼らもまた変貌をとげているのである。そのことをウェンセスラオはきちんと観察している。
「金の玉座に腰掛けてメレンゲを貪る母のなんと太ったことか、ウェンセスラオは思った。まるで怪物だ! 別荘を留守にしている間に、大人たちは皆怪物になってしまった!」
 この怪物は精神的な意味で言う怪物ではなく、肉体的な意味で言う怪物である。ベントゥーラ一族の精神性など変わりようがないのだから……。変わるのはその外貌であり、それも怪物のように醜く変貌するのである。ウェンセスラオの
観察によって、彼は親達への軽蔑を一段と深めるだろう。

 では親達の中で、ただひとりの異端者アドリアノ・ゴマラはチリのクーデターにあって、誰に擬せられているのだろうか。訳者の寺尾隆吉があとがきで「アドリアノ・ゴマラにアジェンデ大統領や抵抗の歌手ビクトル・ハラの人間像が投影されていることも、あるインタビューで彼自身が認めている」と書いているように、クーデターで失権し、自殺したアジェンデと、チリ・スタジアムに連行されて、銃殺されたビクトル・ハラの二人がアドリアノの人間像に反映されているのだろう。
アドリアノが医者であるという設定からは、医者の道から政界へと進んだアジェンデを特に意識していることは明らかだろう。
 しかし、ドノソがアドリアノ・ゴマラを必ずしも理想的な人間として描いてはいないことから、そこにアジェンデへの批判をも読み取ることが可能かも知れない。ウェンセスラオは父アドリアノを愛してはいるが、父が立てる方針に対してはかなり批判的であり、とくにその折衷的な方針に懐疑の目を向けるところからも、アジェンデの具体的な政治方針に対する批判も含めているのかも知れない。
 しかし、これ以上よく分かりもしないことを書くことは止めよう。

 


ホセ・ドノソ『別荘』(14)

2015年12月03日 | ゴシック論

④―1
 ③はもっと後回しにして、先に④について書いておきたい。
『別荘』は1973年9月11日(チリ人にとっての9・11はこの日)、ピノチェト将軍によってアジェンデ左翼政権が倒される、クーデターに触発されて書かれた。ドノソは1964年にチリを出国して以降、メキシコ、アメリカ、スペイン各地を放浪していたが、1971年にはスペインの小村カラセイラに居を定めている。
 たまたまポーランドに滞在していた時にクーデター事件を知り、あわててスペインに戻って情報収集に努めたということが伝えられていて、いかにこの事件がドノソに大きな衝撃を与えたかが分かる。クーデターの一週間後、9月18日にこの小説は着手されている。
 もともとドノソは政治にはまったく無関心な作家であり、これまで取り上げてきた作品にも、代表作『夜のみだらな鳥』にも、政治的背景など微塵も感じとることはできない。
『別荘』はその意味で特異な作品であるとも言えるが、ドノソにとってそれだけピノチェトによるクーデターが看過できない事件であり、スペインにいながら故国チリの政情を憂慮する気持が大きかったことの表れであろう。
『別荘』にはいくつかの集団が登場する。ベントゥーラ一族の親達がその一つであり、その子供達35人も集団の一つである。最も重要な役割を演ずる原住民達もそうだし、執事とフアン・ペレスに代表される使用人達の軍団もそうである。さらに小説の後半に登場してくる外国人達も一つの集団を形成している。
 それぞれの集団がチリの政変において、どの集団に該当するものとして描かれているかを見て取ることは比較的容易である。まず、使用人達の軍団がピノチェト将軍率いる軍部に該当していることは明白であろう。
 名前を持たない軍団のボスである執事と、その参謀役のフアン・ペレスのどちらがピノチェト将軍に見立てられているのかは分かりづらい面があるが、執事は権力の暗部を、フアン・ペレスは権力の実務的な部分を代表していると見ることが出来る。
 ピノチェト将軍の軍事独裁政権は、反政府勢力に対する拷問や虐殺、暗殺や国外追放を行い、数千人の共産党員が処刑されたと言われている。ピノチェトのクーデターは中南米における共産主義の進出を食い止めようとする、アメリカ合衆国の支援によっていたことは今日明らかなことで、中南米の多くの国がこのような軍事独裁政治を体験する大きな要因となった。
 チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジル、ボリビア、ペルー、エクアドルなどが挙げられるが、チリのピノチェト政権は特に残虐な行為を行ったため、多くの小説や映画に取り上げられている。アジェンデのいとこの娘イサベル・アジェンデが書いた『精霊たちの家』が代表的なものだが、ドノソの『別荘』もその一つと言えるだろう。
 しかし、『別荘』は実際にあったことを、実際にあったこととして書かれているわけではない。伝統的なリアリズムを徹底して嫌ったドノソは象徴的な方法に徹し、極めて抽象性の高い物語を造り上げたと言うべきだろう。
 たとえば第10章「執事」で、執事が時間の経過について話題にすることを禁じ、昼と夜の違いすら分からなくすることを命ずる場面、
「屋敷にあるすべての時計、カレンダー、タイマー、振り子、水時計、メトロノーム、日時計、砂時計、年俸、予定表、太陽暦、太陰暦を没収しろ! 以降これらの物は扇動用具とみなし、所有者は集落へ追放のうえ厳罰に処すこととせよ!」
と執事はフアン・ペレスに命令するのであり、さらに「鎧戸をすべて閉め、窓ガラスをすべて黒く塗って」昼と夜の経過すら分からなくするよう命じる。
 軍事政権による暗黒政治は、時間の経過への否定、つまりは歴史そのものの否定にまで及ぶのであり、ドノソにあっては軍事政権の暴政はそこまで象徴化されなければ済まないのである。


ホセ・ドノソ『別荘』(13)

2015年12月01日 | ゴシック論

⑤―5
 この食人行為の後、作者であるドノソが作中に顔を出して次のように言う。
「この小説の草稿の段階では、ウェンセスラオとアガピート、そしてアラベラは、アマデオの体を貪った後、地平線を染める青い山並みへと歩みを進めて忽然と荒野に姿を消し、以後二度と物語に戻ってこないことになっていた」
 そんな馬鹿な。そんなことをされてしまったら読者が困る。アマデオの肉を食べた三人がその後どういう行動を取るのかということは、この作品にとって大変重要な要素であるのだし、特にウェンセスラオがこの後どうするかということは読者にとって最も重要なポイントではないか。そんな三人が「忽然と姿を消し、以後二度と物語に戻ってこない」のでは小説が成り立たないのだ。
 しかし、ドノソはすぐに「こんな設定は不可能であり、しかも不適切だ」と言って、方針転換を行うのである。これだけ行動的で、魅力的なウェンセスラオを
造形しておきながら、彼を舞台から消し去ることなどできるはずがないではないか。だから、ドノソは正しい方針転換を行ったのである。
"食人"について最後に決定的な発言がなされなければならない。それを行い得るのは、アドリアノとウェンセスラオだけである。しかしアドリアノの体験は娘が引き起こした悲劇的な事件の時点で終わっているのに対し、ウェンセスラオはそれからもさまざまな体験を積み重ね、多くのことを学んでいる。
 決定的な発言はウェンセスラオによってしかなされ得ない。それは最終章「綿毛」の中に用意されている。グラミネアの綿毛が破壊的な嵐となって押し寄せようとする中、フアン・ペレス(使用人軍団の参謀、実質的な支配者であり、ウェンセスラオを殺そうとする男、原住民のリーダー、アガピートの兄でもある)は「どうすればいい」のかとウェンセスラオに訊ねるだろう。ウェンセスラオはまずこう答える。
「このマルランダで生き延びるために昔から取られてきた方法を、この地域について我々よりも詳しく知っている人々に教わればいい」
 つまり、"原住民に教えてもらえ"とウェンセスラオは言っているのである。それに対してフアン・ペレスはこう返す。
「一体何を教わるというのです? 食人習慣ですか?」
この許し難い言葉がウェンセスラオの最後の決定的な発言を引き出すことになる。「ウェンセスラオは一瞬黙った後、揺るぎない自信を込めて応えた」とドノソは書き、その後に彼の発言が続く。
「そう、お前や他の者たちが食人習慣と呼ぶものを実践すればいい。自分たちより強い権力を持つ者の道具になり下がった親たちのことは言うに及ばず、お前も執事も、そして、今日明らかになったとおり、マルビナも外国人たちも、原住民たちよりずっと真正の人食い人種だとは思わないか? 野蛮の最大の特徴は、権力を盾に自分の無実を主張することだとは思わないか? 僕たちには、お前、というより、お前に代表される者たちが、何か釈明の言葉を述べること、さらには、しかるべき恐ろしい罰を受けることを要求する権利がある」
 これは"食人"をめぐる総括的な発言であり、実際に食人行為を行ったウェンセスラオにこそ、それを言う資格がある。飢えに耐えきれず、許可を得て行われた食人など、食人のうちに入らない。本当の食人とは、ベントゥーラ一族の親達とその使用人たち、そしてベントゥーラ一族の財産を狙うマルビナと彼女と手を組んだ外国人達の行動そのものなのである。
 誰かがこのことを言わなければ『別荘』は終わることができない。食人こそがこの作品のテーマなのであり、この作品がピノチェト将軍によるクーデターに触発されて書かれたものであるならば、食人には収奪や簒奪という意味こそが込められているのだからである。