希望の党の分党が、一向に進展しない。
分党の構図は、結党の理念を捨てて、当初の民進党との統一会派結成から民進党との合流構想にまで発展した玉木執行部に対して、あくまで中道左派の理念を貫こうとして分党を主張するグループのせめぎ合いと理解しているが、両者が自派勢力の拡大と支持母体である連合の去就に顧慮するあまり分党案浮上後1か月以上経過するにも拘らず一向に進展しない。一時は政党交付金の分配にも話が及んで分党は時間の問題とみられていたのに、現状を下世話に例えれば「離婚の意志を固めながら、夫の退職金を目当てに離婚を引き延ばしている仮面夫婦」に似ていると思う。両グループの政治主張は明らかに水と油で呉越同舟と容認される域を超えていると思うのに、最初に分党の意志を明らかにした松沢成文議員の腰砕けと、細野豪志・長島昭久議員の日和見のみが際立つ結果となっている。組織のリーダーに求められる最大の要素が決断力であることは大方の認めることであると思うが、松沢・細野・長島議員にはその決断力が決定的に不足していると思う。決断力とは時間を克服すること、後世の審判を受ける覚悟、自説を堅持する精神力の発揮であると思う。”小田原評定””証文の出し遅れ”と、決断の遅れを揶揄する言葉は多い。古来《兵は拙速を貴ぶ》とされるが、闇雲に行動しろという意味ではなく、骨幹の戦略が正しい場合にあって戦術の選択に時間を浪費することの愚を戒めた言葉である。松沢氏・細野氏が揺らぎ続ける執行部と袂を分かつことは、政治戦略としては正しいものと思う。最良の戦術では無いかもしれないが、早期に分党して大向こうを唸ならせる方が有権者の共感を得られると思うのだが。
近い将来に分党が拙速であったとの評価が下される場合にあっても、分党を決断した議員には主義に殉じた政治家との栄誉が与えられると思うのだが。そんな意味と期待を込めて、松沢・細野・長島議員の早期の決断を俟つものである。