北方謙三作品を読み返し(現在は水滸伝)ながら、ピョンチャン五輪を見続けた。
男子複合NHで銀メダルを得たものの、LHや団体ではメダルに届かなかった渡部暁斗選手に北方作品の鮮烈な脇役の姿を見た思いがする。渡部選手は、LH後半のノルディックではワックスの失敗ともいわれ、団体ノルディックでは前走者の失速が影響したが、それ以前に肋骨を骨折していた事実がコーチから明かされた。渡部選手は選手仲間からシルバーコレクター、Mr.№2とも呼ばれているものの、敗因を転化することなく恬淡と力不足と認め、さらなる努力をのみ口にするストイックな姿勢で勝者以上に尊敬される№2であるらしい。北方作品には強力な個性に彩られた主人公が存在する一方、主人公に劣らぬ力量を持ちながらも、主人公に忠節・隷属を尽くす魅力的な№2も並立している。フィクションの世界ではない歴史上にも、ある時は主君を盛り立て、ある時はフィクサーとして陰に陽に活躍した№2の存在が際立っているケースが多い。上杉景勝を補佐した直江兼続、長州藩を討幕勢力に導いた福原豊後(元僴)、尼子家再興に生涯を捧げた山中鹿之助(幸盛)、組織の№2ではないが北方先生の南北朝作品に光芒を放っている赤松円心や楠木正成、いずれもが戦略家であり稀代の戦術家でもある。こうしてみると、組織を勝利させ偉業を達成するためには、偉大な№2の存在が欠かせないのではないかと考えられる。そんな視点で現在を見て真の№2と言えるのは安倍政権を支える菅義偉官房長官ぐらいしか見当たらない。特に野党に関していえば、№2の座を党首の座を窺うライバルへの懐柔策としてのみ利用しているとしか思えない人事構成で、党首・代表の意志を遂行するチーム編成とは程遠いものであると思う。
野党が政権を担当し得る政党に脱皮するには、指揮系統を一本化して党首・代表の意志が末端まで浸透する組織に生まれ変わることから始めなければならないと思う。そのためには、論功行賞的な懐柔策としての共同代表や副代表のポストを廃止して、党首・代表と一体化した№2を置くことを勧めるものである。