昨日のブログで、上級幹部以上には格調ある文章が求められると書いたところ、深い考察に満ちたコメントを頂いたので、返信の意味を込めて自分の考えを追加したい。
日本海海戦に先立って連合艦隊が打電した「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」は有名で、特に飯田少佐参謀の起案文に秋山中佐参謀が追記した後段は名文とされており、自分も、全文は限られた文字数で意を尽くし得た名文と思っている。
日露艦隊決戦の背景を振り返ると、彼我の戦力ではロシアが圧倒しており、海軍・大本営でも「大陸への輸送路を些かでも維持するために、ロシア艦隊の半数は行動不能にして欲しい。そのためには連合艦隊が全滅することも厭わない」であったとされている。また、決戦においても別部隊に依る二次攻撃は不可能であることから、まさに国運を賭けた乾坤一擲の戦いで、もし連合艦隊が初期の目標を達成できなければ、陸軍は満州で孤立して対露敗戦必至となる情勢であった。
このことを併せ以って前述の電文を見ると、少佐参謀(中級幹部)が起案した前段は、堅確な状況報告とともに司令長官の決意を述べたものであるが、合議を求められた秋山参謀(上級幹部)はそれに格調高く陛下や大本営さらには国民への訣別の意を込めて後段を追記したのではないだろうかと穿っている。海軍大学校恩賜の秋山中佐であれば上級司令部(大本営)の情勢判断に気象・海象は不可欠であることは当然承知したであろうが、もはや二次攻撃の手段を持たない大本営に意味の無い無機質の数字を送るよりも、天象に似せて将兵の高揚感と冷静さを格調を以って示すことを選択したように思える。
また、日本海の気象・海象は変化が激しいことから、電報発信時のそれらが数時間後の情勢判断には大きな意味を持たず、大本営が必要ならば各所に配置した特設艦や舞鶴鎮守府から得るであろうとの判断も秋山中佐の脳裏にはあったものかと考える。
以上、2回に亘って軍令の特質、階級に応じた文章表現力について書いたが、リアルタイムに画像・映像すら共有できる現在にあったは、文章力云々は過去の要件になりつつあるのかもしれない。
とは云ううものの、歴史の検証・考察には名もなき草民の日記が手掛かりとなることも多いことを考えれば、EMP戦などで電子保管されている資料が喪失した場合、後世の人は残された草民の紙資料で2022年の世相を知るという事態もあるのかもしれない。