車いす障害者伝える喜び
2007年春、脳性マヒで電動車いすを使う仲野眸(ひとみ)さん(大阪市住吉区)の挑戦は、大好きなリンゴジュースから始まった。
6歳から暮らした肢体不自由児の入所施設を出て、自立を目指して生活する福祉ホーム「あいえる」(同市西成区)に移って間もないころだ。コンビニで、付き添いのヘルパーに「ジュース飲みたい」と言った。
「何の?」「リンゴ」
「どれ?」。陳列棚のリンゴジュースは何種類もある。「どれでもいいから」「仲野さんが決めてよ」
入所施設では、与えられるものがすべてだった。自分で決めたことがなく、どう伝えていいかわからない。
ヘルパーが助け舟を出した。「どうやって飲むの? コップで?」。そうか、私の手でつかめるのは……。
「ペットボトルにする。自分で持てる方」。ようやくジュースを手にし、してほしいことは具体的に伝えるのだとわかった。うれしくて涙がこぼれた。
1200グラムの未熟児で生まれ、手足のマヒと知的障害がある。施設ではオシャレな服は「介助が大変」と敬遠され、世話をかけない子が「賢い」と言われた。「自由が欲しい」と思った。
心配する母を、「口があるんやから、助けてもらえるように口で言う」と押し切り、3年かけて自立の力を養う「あいえる」に来た。助けを求めるすべは、失敗を重ねて学ぶほかない。
友人と買い物中、トイレに行きたくなった。人混みの中エレベーターに乗り、数少ない障害者用トイレで用を足すには1時間かかる。「待たすんは申し訳ない」と我慢して、結局具合が悪くなった。
「早く言ってくれた方がうれしいし、あんたも楽やろ」。友人に諭され、「言わないと余計に負担をかける」と身にしみた。
◎
ホームは03年にでき、これまで20人が巣立った。運営する社会福祉法人「あいえる協会」の古田朋也理事長は「人の助けを得ながら、これまで得られなかった経験を奪い返す取り組み」と、説明する。
ホームでは今、6人が暮らす。その一人で両足が不自由な三浦彩花さん(22)は、洋服を買うとき失敗したことがある。自分のサイズがわからず、「聞いていいのかな。恥ずかしいし……」と、試着を言い出せずに買った。帰って袖を通したら、きつくて着られなかった。
職員の今西梨沙さん(29)は、「自分のできないことを認め、言葉で伝えなければ、後で自分がつらくなる。実はそれは、健常者も同じことなんです」という。
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伝え上手になった仲野さんは、違う壁にぶつかった。どうもヘルパーとうまくいかない。してもらって当然と思う気持ちで、言葉遣いが偉そうになっていた。
あいえるの職員に勧められ、「ありがとう」と言ってみた。女性ヘルパーは「サポートさせてもらってお給料をもらってるのに、『ありがとう』って言ってくれて、ありがとう」とほほ笑んだ。とても気持ちがよかった。それから自然と感謝の言葉が出る。今や「仲野さんは、介助に入りやすい」と言ってもらえる。
2年前からは、アパートで一人暮らしだ。つらいときは、小さいころから大好きで携帯電話の待ち受け画面にしている仮面ライダーを見る。自分だって、障害を抱え、勇敢に一人でやっている。
「眸もヒーローや」
だから「助けて」と「ありがとう」を武器に、自由の扉を開いて生きていく。
店員と意見を交わして靴を選ぶ仲野さん(左)。声を出して相手に思いをぶつけ、世界が広がった(大阪市住吉区で)
(2012年1月8日 読売新聞)