◇ともに活(い)かす選挙権
21日に投開票が行われる参院選は、成年後見人が付いた人たちの選挙権が5月に回復して初めての選挙になる。障害があるなど投票が困難な人たちがスムーズに一票を投じるために、どんな支援が求められているのか。2回に分けて考える。
成年後見は、認知症や知的障害などで判断能力が不十分な人のため、家庭裁判所の選任を受けた人が、本人に代わり財産管理などをする制度。支援の必要性が高い順に、後見人、保佐人、補助人の三つの区分がある。
選挙権を失っていたのは後見人が付いていた人。対象者は全国で約13万6000人に上る。今年3月に東京地裁で、成年後見人が付くと選挙権を失う公職選挙法の規定を違憲とする判決が出されたことを受け、この規定を削除する改正公選法が5月に成立した。
投票に支援が必要な人たちは、後見人が付いた人だけにとどまらない。だが、投票や候補者選択の手助けがあれば、選挙権を行使することは十分可能だ。
●自閉症の人に配慮
神奈川県茅ケ崎市の上杉哲郎さん(20)は、今回が選挙初体験。母桂子さんは、慣れない場所でパニックを起こしやすい自閉症の息子が無事に投票できるか不安になり、投票方法について、市選管に電話で問い合わせた。選管は「哲郎さんの投票は特別なケースに該当し、家族などの付き添いを認めます」と説明を受け、安心した。
「初めての選挙で失敗して、選挙に嫌なイメージをもってほしくない」と桂子さん。「できれば、投票所に発達障害に理解のある人を配置してほしい」
自閉症の江崎伸明さん(39)=神奈川県藤沢市=は、選挙公報を隅々まで読み、初めての選挙から20年近く、一度も棄権することなく投票を続けている。母康子さんは「投票日が土砂降りだったことがあり、夫が『やめようか』と言うと、息子は『絶対に行きます』と私たちを連れ出した」と振り返る。
両親は幼い頃から伸明さんを投票所に連れて行き、雰囲気に慣れさせるとともに、成人してからは親子3人で一列になって受け付けを済ませ、投票手順で迷ったり混乱したりしないように工夫してきたという。
スムーズな投票のため、どんな支援が必要だろうか。自閉症の人の就労や政治参加に必要な支援を研究している神奈川県自閉症協会の内田照雄会長は「知的障害者向けの選挙公報を作ってほしい」と訴える。通常の公報にルビを振るだけでなく、小学2年生が読んで理解できる分かりやすさが望ましいという。
事前にポスターなどを見て投票する候補者を決めていても、投票所には候補者の氏名だけで写真がないため、誰に投票していいか分からなくなってしまう人も少なくない。内田さんは「名前の上に顔写真を付ければ分かりやすくなる」と提案する。
●主張を伝える工夫
東京都国立市の知的障害者施設「滝乃川学園」では、入所者が候補者を直接知ることができる機会を作ろうと、1981年からすべての選挙で、全候補者を招いた「お話を聞く会」を実施している。
11日の「聞く会」には、参院東京選挙区に立候補した計7陣営が参加。約30人の入所者が耳を傾けた。各陣営は、代理人が候補者の顔写真のお面をかぶったり、「原発ゼロを目指します」など主要政策を書いたボードを見せたりして、分かりやすく主張を伝えることに工夫をこらしていた。
話を聞いた70代男性は「みんなお話がうまかった。いつも楽しみにしています」。今回も投票に行くという。
障害者の権利擁護に詳しい国学院大法科大学院の佐藤彰一教授は「これまで知的障害や認知症の人の投票は、不正防止の観点から、むしろ投票しないよう仕向けられていた。だがこれからは、いかに投票してもらえるかという視点で、困難を抱える人でも投票できる仕組み作りに重点を置くべきだ」と話す。
障害のある人に、政策や候補者の訴えを分かりやすく伝えるのは難しく、工夫が必要だ。訴えをどこまで理解して判断しているかもよく分からない点があるのは否めない。
しかし、公選法改正のきっかけとなった成年後見制度訴訟の弁護団の一人、杉浦ひとみ弁護士はこう訴える。
「障害がない人も、候補者を見た目で選んだりすることもあり、正しい判断をしているとは限りません。今回の公選法改正を特定の人たちの問題にせず、私たちが一票を行使することの意味を考え直す機会にすべきではないでしょうか」
毎日新聞 2013年07月18日 東京朝刊
21日に投開票が行われる参院選は、成年後見人が付いた人たちの選挙権が5月に回復して初めての選挙になる。障害があるなど投票が困難な人たちがスムーズに一票を投じるために、どんな支援が求められているのか。2回に分けて考える。
成年後見は、認知症や知的障害などで判断能力が不十分な人のため、家庭裁判所の選任を受けた人が、本人に代わり財産管理などをする制度。支援の必要性が高い順に、後見人、保佐人、補助人の三つの区分がある。
選挙権を失っていたのは後見人が付いていた人。対象者は全国で約13万6000人に上る。今年3月に東京地裁で、成年後見人が付くと選挙権を失う公職選挙法の規定を違憲とする判決が出されたことを受け、この規定を削除する改正公選法が5月に成立した。
投票に支援が必要な人たちは、後見人が付いた人だけにとどまらない。だが、投票や候補者選択の手助けがあれば、選挙権を行使することは十分可能だ。
●自閉症の人に配慮
神奈川県茅ケ崎市の上杉哲郎さん(20)は、今回が選挙初体験。母桂子さんは、慣れない場所でパニックを起こしやすい自閉症の息子が無事に投票できるか不安になり、投票方法について、市選管に電話で問い合わせた。選管は「哲郎さんの投票は特別なケースに該当し、家族などの付き添いを認めます」と説明を受け、安心した。
「初めての選挙で失敗して、選挙に嫌なイメージをもってほしくない」と桂子さん。「できれば、投票所に発達障害に理解のある人を配置してほしい」
自閉症の江崎伸明さん(39)=神奈川県藤沢市=は、選挙公報を隅々まで読み、初めての選挙から20年近く、一度も棄権することなく投票を続けている。母康子さんは「投票日が土砂降りだったことがあり、夫が『やめようか』と言うと、息子は『絶対に行きます』と私たちを連れ出した」と振り返る。
両親は幼い頃から伸明さんを投票所に連れて行き、雰囲気に慣れさせるとともに、成人してからは親子3人で一列になって受け付けを済ませ、投票手順で迷ったり混乱したりしないように工夫してきたという。
スムーズな投票のため、どんな支援が必要だろうか。自閉症の人の就労や政治参加に必要な支援を研究している神奈川県自閉症協会の内田照雄会長は「知的障害者向けの選挙公報を作ってほしい」と訴える。通常の公報にルビを振るだけでなく、小学2年生が読んで理解できる分かりやすさが望ましいという。
事前にポスターなどを見て投票する候補者を決めていても、投票所には候補者の氏名だけで写真がないため、誰に投票していいか分からなくなってしまう人も少なくない。内田さんは「名前の上に顔写真を付ければ分かりやすくなる」と提案する。
●主張を伝える工夫
東京都国立市の知的障害者施設「滝乃川学園」では、入所者が候補者を直接知ることができる機会を作ろうと、1981年からすべての選挙で、全候補者を招いた「お話を聞く会」を実施している。
11日の「聞く会」には、参院東京選挙区に立候補した計7陣営が参加。約30人の入所者が耳を傾けた。各陣営は、代理人が候補者の顔写真のお面をかぶったり、「原発ゼロを目指します」など主要政策を書いたボードを見せたりして、分かりやすく主張を伝えることに工夫をこらしていた。
話を聞いた70代男性は「みんなお話がうまかった。いつも楽しみにしています」。今回も投票に行くという。
障害者の権利擁護に詳しい国学院大法科大学院の佐藤彰一教授は「これまで知的障害や認知症の人の投票は、不正防止の観点から、むしろ投票しないよう仕向けられていた。だがこれからは、いかに投票してもらえるかという視点で、困難を抱える人でも投票できる仕組み作りに重点を置くべきだ」と話す。
障害のある人に、政策や候補者の訴えを分かりやすく伝えるのは難しく、工夫が必要だ。訴えをどこまで理解して判断しているかもよく分からない点があるのは否めない。
しかし、公選法改正のきっかけとなった成年後見制度訴訟の弁護団の一人、杉浦ひとみ弁護士はこう訴える。
「障害がない人も、候補者を見た目で選んだりすることもあり、正しい判断をしているとは限りません。今回の公選法改正を特定の人たちの問題にせず、私たちが一票を行使することの意味を考え直す機会にすべきではないでしょうか」
毎日新聞 2013年07月18日 東京朝刊