精神障害者保健福祉手帳
統合失調症などの精神疾患で生活に支障がある人を支援するための手帳。所得税や住民税の控除のほか、一部交通機関の運賃割引などが受けられる。厚生労働省によると、市町村などの窓口に医師の診断書などを提出し、都道府県と政令市が認めれば、障害の程度によって1~3級に区分された手帳が交付される。記載事項のモデルは厚労省の省令で定められている。
精神障害手帳 性別削除へ 厚労省、来年にも 性同一性障害に配慮 関係者 公的文書へ拡大期待
厚生労働省が「精神障害者保健福祉手帳」の性別欄を2014年にも削除する方向で検討に入ったことが28日、同省などへの取材で分かった。性同一性障害(GID)の人の一部が所持しており、心と異なる性別の記載を苦痛に感じていることに配慮した。
GIDの人らでつくる団体によると、マイノリティー(少数者)の苦痛に目を向け国がこうした文書から性別を削除するのは初めてとみられ、国所管の他の証明書や公文書にも広がることが期待される。厚労省によると、保健福祉手帳は精神疾患によって生活に支障が出ている人に交付される。GIDは精神疾患の一つとされるが、診断だけでは交付の対象とならない。
手帳によって税の控除や一部交通機関の運賃割引などの支援を受けられるが、厚労省は「割引などは性別とは関係ない」と判断。今後省令の改正作業を進め、パブリックコメント(意見公募)などを経て都道府県と政令市が新しい手帳を交付する。
厚労省などによると、保健福祉手帳は障害者手帳の一種で、昨年3月時点で所持者は約63万5千人。このうちGIDの人の数は分かっていないが、心に重い悩みを持ち続けた結果、別の精神疾患を発症するケースもあるという。
GIDの人らでつくる「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」(東京、山本蘭代表)は保健福祉手帳のほか、パスポート、健康保険証といった公的な証明書などの性別欄の削除や表記変更を国に求めている。ただ健康保険証は、性別が不明となることで治療に支障が出るとの指摘もある。
同会によると、現在は手帳を提示する際、戸籍上の性別が明らかになる恐れがあるため、利用を控える人が多いという。
研究者の調査を基にGIDの人は全国に約4万6千人いるとの推測もあるが、詳しい実態は分かっていない。
障害者手帳には他に身体障害者手帳と知的障害者のための療育手帳がある。身体障害者手帳は省令で性別の記載を求めていないモデルが定められているが、一部の自治体では独自の判断で性別を記載しているケースもある。一方で療育手帳は厚労省の通知で性別欄のあるガイドラインを示しているが、記載の有無は自治体ごとに異なる。
▼性同一性障害(GID) 心理的な性と身体的な性が一致しない障害。自分の体を不快に思い、心の性に従って生きたいと望む。原因は未解明だが胎児期のホルモン異常などの説がある。治療法にはカウンセリングやホルモン療法、性別適合手術などがある。2004年施行の特例法で家庭裁判所に性別変更を請求できるようになり、12年までに約3600人が認められた。性別変更をした人はほとんどのケースで、証明書や公文書に性別の記載があることの苦痛から解放されるが、性別変更をしたと分かる記載がされる例などもある。
●指で隠す手帳の「男」
「男」と書かれた手帳の記載を親指で隠す-。九州在住の派遣社員田中美咲さん=仮名、40代=は、そううつ病と解離性障害と診断され、精神障害者保健福祉手帳を交付された。心は女だが、戸籍上は男。手帳提示で運賃の割引や税の控除などの支援を受けられるが、性別を知られたくないという葛藤が付いて回る。
「手帳を見せるのは、性同一性障害と告白すること」。肩を落として見つめた手帳には、長い髪に化粧をした写真が貼られている。性別欄には「男」。表紙を見るだけで済ませる人や、中の性別欄まで確認する人など提示を受ける側のチェック方法はまちまちだ。「気付かれるのが怖い」と利用を控えることもある。
体に違和感を覚えたのは幼いころ。親に買ってもらったロボットや車のおもちゃで遊んでいても、自分が自分ではない感じだった。女の子向けのアニメを見て、人形で遊ぶ方が楽しかった。中学で丸刈りになった時は「死ぬほど嫌だった」。
自分の体への不快感によるストレスに加え、家庭を顧みない親との対立などが原因で、数年前から精神科を受診。診療の中で性同一性障害の疑いがあると指摘された。
ずっと気にしていた性別欄が手帳からなくなる見通しとなったことを知り、「少しでも周りを気にせずに暮らせるようになる」と笑顔を見せる。
一方で、健康保険証やパスポートなど性別欄がある証明書は多い。「医療関係は削除は難しいと思う。でも、用途と関係がないものは記載をなくしてほしい」と訴えた。
●対応非常に早く評価
▼厚生労働省OBの中野雅至・兵庫県立大大学院教授(行政学)の話 今回の厚労省の動きは(ことし出された要望に対応したもので)非常に素早く評価できる。役所はさまざまな団体から陳情を受け付けているが、全てにすぐ対応することは困難だ。改めた後にも継続的な調査が必要で、医療や年金といった大きな制度を所管する厚労省はなおさら慎重になる。性同一性障害に限らず今後もさまざまなニーズをすくい上げるため、多様な人が意見表明できる機会を増やし、よりよい行政システムを構築する必要があるだろう。
西日本新聞-(2013年7月29日掲載)