一般眼科や神経眼科の診療をしているうちに、視覚系の症状が改善する場合はともかく、進行したり、治療法がない、あるいはあっても後遺症が残ったりする症例の場合、心身医学的な対応が必須と考え、「心療眼科」という旗印を挙げたのです。
心身医学とは、身体面だけでなく、心理、社会面を含めて全人的な医療を行おうとする医学領域ですが、眼科には従来そういう考え方はほとんどありませんでした。
理由はいくつかあります。
大脳との共働作業が必要な領域にもかかわらず、眼科は従来から眼球自体の外科的治療と薬物治療が主流であり、眼球とその周囲にしか医学の目が向かわなかったことが特に大きいと思われます。
心療眼科が精神医学と異なるのは、前車が視覚系の不都合が前面にあるのに対し、後者は精神そのものの故障を扱います。ですが、視覚の不都合が気分障害(うつ)の症状を生じさせることはよくありますし、精神の病が視覚に影響することも稀まれではありませんから、両者の境界は鮮明ではありません。
ところで、障害年金の認定基準は、視覚は「目の障害」、精神は「精神の障害」と別個に判定され、二つの問題が関連付けられてはいません。つまり、身体の病気で精神が障害されることや、精神の障害で身体も障害されることは、想定されていないのです。
それでどういう影響を受けるかというと、一人の眼科医もしくは精神科医が、眼と精神の障害のいずれも存在していると認定して、併合(加重)認定する道がないのです。
精神科医、眼科医が別々に障害を判定することは、認定基準の上からは一応可能にはなっていますが、実際上は患者として両方の科に通院する必然性はありません。
なぜならば、精神科医は精神自体に病気をきたしたものに主たる関心があり、たとえば、視覚障害を契機に精神に障害をきたした場合は、その視覚障害に原因がありますから、関心は薄いです、それに対して、眼科は、視覚障害の原因になった病気には関心があっても、付随して生じた精神の症状には関心は持たないのです。
つまり、どちらの科からも関心がもたれず、そういう方々が、原疾患の回復への道がいったん閉ざされると、もはや医療の土俵からは外れてしまいます。
精神障害の程度がいくら高度でも、障害年金や精神障害者としても認定されないという悲惨なことになるのです。
「精神の障害」にはうつ病や統合失調症以外の場合は、適用されにくいという現状がありますが、このような複合的な心の問題にも配慮した、言い換えれば、患者の実態に即した制度へ、抜本的な改革が求められるでしょう。
(2016年3月17日 読売新聞)