たん吸引や栄養注入などの医療的ケアを必要とする子どもについて、2016年5月に児童福祉法と障害者総合支援法が改正され、自治体に支援の努力義務が課された。それから1年。依然として医療的ケア児と家族は社会的に孤立しがちだ。課題を探った。
●進める自治体
毎日新聞が昨年末、全国の主要自治体を対象に実施した調査では、政令指定都市、道府県庁所在地、東京23区の計74自治体のうち、34自治体が医療的ケア児の保育所受け入れは「ゼロまたは不明」と回答。そのうち12自治体は入所を受け付けていなかった。
この中で、東京都品川区は今年度から認可保育所で医療的ケアに対応する体制を整備する。「やっと地元で腰を落ち着けて育児ができる」。たん吸引が必要な長女(1)を今秋から預ける予定の父親(42)が胸をなで下ろす。
長女は15年10月、未熟児で誕生。生後2カ月で気管切開してたん吸引が必要になり、入院生活が始まった。16年11月には闘病中だった妻が死去。当時、区内の保育所や児童発達支援施設で医療的ケアは提供されていなかった。一人親となった父親は民間の受け入れ先を探し、区外で看護師がケアに対応する託児所を確保。朝夕、娘を抱いて通勤電車に揺られた。
品川区は法改正を踏まえ、対応を協議。託児所や病院とも連携して安全を確保した上で受け入れ可能と判断した。区は保育所に看護師1人を追加配置する方針で、保育士も医療的ケアができるよう研修を進めている。
父親は「前例がない取り組みに、区は迅速に対応してくれた。たくさんの人が協力してくれた」と感謝する。区は当面、たん吸引と経管栄養注入に限って受け入れる方針。「看護師不在の場合、保育士でもケア可能な体制を整えるため」という。
東京都墨田区も4月、認可保育所でたん吸引が必要な児童1人を受け入れた。中野区は保育所で働く看護師に医療的ケア児への理解を深める研修を実施する。今年度は入所申し込みがなかったが今後は前向きに検討するという。
●看護師確保が困難
一方、東京都大田区・板橋区や富山市、徳島市は「受け入れない」姿勢を崩さない。渋谷区では今年10月、NPO法人フローレンスが運営する障害児保育園「ヘレン初台」がオープンするが、区の認可保育所での受け入れはない。静岡市も「看護師確保が困難で、受け入れの計画段階にもない」と釈明する。
「仕事、あきらめる覚悟も必要かな……」。大田区役所から2月に届いた保育所入所の「保留通知書」を手に、会社員の勝部美奈子さん(38)はため息をつく。長男、堯皓(たかひろ)ちゃん(1)は、たん吸引が必要。未熟児で生まれ、1カ月後に退院したものの、生後3カ月で声門下狭窄(きょうさく)症と診断され、気管切開した。その後、脳出血が見られたが16年1月に退院し、他に障害はなく元気に過ごす。
勝部さんは何度も区に相談したが、いつも答えは「協議中」。受け入れてくれる認証保育所もない。ようやく見つけた区外の児童発達支援事業所に預けることで、5月から週3日で職場復帰した。福祉施設ゆえ、弁当やおやつを毎日持参する必要がある。しかも預かり時間は午前10時半から午後3時半。職場にいられるのは4時間しかない。
この福祉施設は保育事業者ではないため、保育所の入所選考でのポイント加算につながらない。18年度の入所申請が始まる11月には、訪問看護サービスも駆使して何とかフルタイムで職場復帰しようと考えているが、認可保育所に入れるかどうかは未知数だ。
●4歳まで6100人
厚生労働省の15年度の試算では、医療的ケアが必要な0~4歳児は全国に約6100人いるとされる。保育所・幼稚園、障害児向け事業所の受け入れ体制に大きな変化はなく、就学前の発達・教育の機会が得られない子どもが多い。
「認可園はダメ、代替手段もなし。地元にこの子の『社会』はないんです」。絵本を手に笑顔を見せる堯皓ちゃんに目をやり、勝部さんがつぶやいた。大田区は、医療的ケアが必要な未就学児を「10人程度」と想定している。区によると、区内の発達支援施設も幼稚園も医療的ケアに対応していない。受け入れ先はないままだ。
のどにパイプ状の医療器具を着けている勝部堯皓ちゃん。元気いっぱいの男の子だ
毎日新聞 2017年5月31日