医療技術の進歩で、重い疾患の子供や小さく生まれた子供の命も救えることが多くなった。それにともない、人工呼吸器や中心静脈栄養などの医療機器を使いながら暮らす子供も増えている。だが、サポート体制は十分ではなく、ケアの負担が重く家族にのしかかる。東京都内には昨年、医療的ケアの必要な子供が短期入所できる施設が新たにオープン。利用者の声などから、その課題を探った。
わが家のように
東京都世田谷区の国立成育医療研究センターの敷地に、1軒の「家」がある。中に入ると、大きな窓から明るい光が差し込み、木目の床がモダンな印象。中庭のもみじの木を眺めながら、わが家のようにくつろげる空間を目指して設計された。
建物は、同センターの医療型短期入所施設「もみじの家」。人工呼吸器や在宅酸素の機器など、医療的ケアを必要とする18歳までの子供らが、最長7日間滞在できる。定員は8人。障害者総合支援法に基づく公的サービスで、利用料はサービスの1割負担と光熱水費など。障害の度合いにもよるが、7日間で2万~3万円という人が多い。外出が難しい重度の障害を持った子供に絵本や音楽などを用意し、学びや遊びを提供すると同時に、ケアする親に休息を取ってもらうのが狙いだ。
同区に住む主婦、湯浅泰恵さん(45)はこの日、娘の梨恵さん(16)をもみじの家に預けた。梨恵さんは誕生時のトラブルで脳性まひがあり、四肢が動かない。自宅では泰恵さんが、チューブで栄養を注入する「経管栄養」やたんの吸引などで夜中もつきっきりになる。
熟睡できるのは「もみじの家」に預けたときくらい。今回は5回目の利用で5日間。最初に預けたときのことを泰恵さんはこう振り返る。「それまで入院以外で離れることがほとんどなかった。ゆっくり寝られると、ああ、こんなにすっきり朝が来るんだ、と思いました」
子離れ、自立支援も
親は疲弊していても、ケアの必要な子供をなかなか人に任せられない。泰恵さんも当初は思い切れずに、預けた後、何度も電話をした。預けられる梨恵さんにも拒否反応があった。
だが、この日の梨恵さんは入浴後、髪にドライヤーをあててもらい、スタッフに甘えた笑顔を見せた。親子とも離れることにだいぶ慣れた。泰恵さんは「子離れも大事だと思う。親も子供とともに年を取り、体力が落ちていく。私が倒れたら代わりはいない。今はそう思って預けています」と話す。
看護師長の滝本悦子さんも「障害を持っていても、心の自立はあっていいはず。年齢や発達に応じた自立を考えていきたい」と語った。
もみじの家は昨年4月のオープン以来、利用者は増加し、現在約370人が登録。利用希望は多く、予約の4分の1ほどは断らなければならないことも。ニーズの背景には、短期入所施設が不足していることに加え、施設はあっても人工呼吸器などが必要な重度の子供は、他では利用を断られてしまうことがある。
滝本さんは資金面についても触れ、「運営は厳しく、もみじの家は収入の4割を寄付に頼っている。もう少し収支が改善しないと数が増えていかない」と指摘した。
日中預かりも不足
短期入所だけでなく、日中に預かってくれる場所も不足している。
神奈川県に住む女性会社員(29)は月1回程度、もみじの家に障害を持つ1歳の男の子を預ける。来年4月に商業デザインの職場に復帰する予定だが、その見通しがつかない。障害が重すぎるという理由で、保育園への入所は断られた。週2~3日、日中だけ預かってもらえれば、在宅勤務の制度を利用して仕事に戻れるのに、と歯がゆい思いをしている。
「同じような障害のある子がいて、私より年上のお母さんたちは、たいてい仕事を辞めている。働く、働かないに関係なく、どんな子供でも安心してみてもらえる場所があれば」と話している。
■「睡眠時間不十分」親の半数
昭和25年に6%だった乳児死亡率は、平成27年には0.2%に下がった。ただ、その後も医療的ケアを常に必要としている19歳以下の子供は、全国で約1万7000人に上るともいわれる。
ケアする家族の負担は大きい。みずほ情報総研が27年に医療的ケアの必要な子供の保護者1331人から得た調査結果では、睡眠時間が「6時間未満」は50.2%と全体の半数を超えた。睡眠時間が「不十分」とした人と「どちらかといえば不十分」とした人は、合計で53.9%に上った。
家族の休息にも重要な役割を果たす「医療型短期入所事業所」は、27年4月時点で全国に382カ所。数はあるものの、地域ごとのばらつきは大きく、「近くにない」人も多い。
重い障害があり、医療機器を付けての移動は親にも子供にも肉体的、精神的負担が大きい。みずほ情報総研の調査でも「特に必要だと感じる福祉サービス」に、「送迎サービス」や「通院・通学のサポート」などの声が挙がっている。
利用する子供たちが顔合わせを兼ねて一緒に遊ぶ「もみじの会」。楽器を持って音楽を楽しんだ
2017.6.8 産経ニュース