周辺住民を悩ませる「ごみ屋敷」が社会問題化する中、住人には認知症や疾患、障害を抱えた高齢者も多いとして、公的な支援を求める声が強まっている。治療を拒む例もあり、こうした状態を自分への虐待とも言える「セルフネグレクト」(自己放任)と法的に定義すべきだとの指摘もある。ただ、本来は個人が自由に決める問題だけに、行政がどれだけ踏み込めるかが課題だ。
虫にも気付かず
「どうせこのまま老いて死んでいくだけ。このままでいい」
ごみだらけの部屋に1人で住む東京都北区の80代の女性はこう言って、訪問した支援担当者の申し出を断った。
足が腫れ、健康に問題があるのは明らかだったが「治療してまで生きていたくない」と聞かなかった。「歩けなくなったら生活に困るから」と2~3カ月説得し、ようやく受診したときには末期がんが判明。体力が衰えており、自分では片付けられない状態だった。
認知症の90代の男性は、無数のゴキブリが床や壁をはう部屋に布団を敷いて寝ていた。目が悪いためか、虫に気付いていなかった。
身の回りのことができないこうした高齢者は増えている。十条高齢者あんしんセンター(東京都北区)の島崎陽子センター長は「自分の意志というより病気で意欲がなくなったり、障害が原因だったりする人が多い」と指摘する。
「驚くのは、介護事業者が部屋に入っているのに放置しているケースがあること。めずらしくないと見過ごしてしまっている」と島崎さん。「行政の立ち入りは法律で認められていないが、生命に危険があるとき、近所の迷惑になっているときなどは極力支援すべきだ」と話す。
1万人以上か
内閣府が平成24年に発表した調査では、セルフネグレクト状態の高齢者は全国で推計9381~1万2190人。東邦大の岸恵美子教授(看護学)によると、米国の大規模調査では、高齢者の9%が該当しており、数字は氷山の一角にすぎないとみられる。
本人には自覚がないことも多い。岸教授は、自分でチェックできるサインとして、(1)今までできたことができない(2)おっくうなことが増えた(3)人と交流する頻度が減った(4)電化製品などを壊れたままにしている-などを挙げる。
「どんな暮らし方をするかは自由で、強制的に変えさせることはできないが、地域で気付いたら早めに行政機関に連絡し、孤立死などの最悪の事態を防ぐ必要がある」
法整備が必要
ごみ屋敷対策については、自治体が相次いで条例を制定、27年には京都市が全国で初めて行政代執行でごみを撤去、社会的な関心も高まっている。日本高齢者虐待防止学会理事の滝沢香弁護士はセルフネグレクトを高齢者虐待防止法上、虐待として加えるべきだと主張。「法律に明記されれば立ち入りなどもしやすくなる。援護が必要な高齢者に対してはごみ屋敷条例などとは別の法整備が不可欠」と話した。
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【用語解説】高齢者虐待防止法
65歳以上の高齢者への虐待を防止するため、平成18年4月に施行された。虐待行為を(1)身体的虐待(2)ネグレクト(長時間放置するなど介護放棄)(3)暴言、無視など心理的虐待(4)性的虐待(5)財産を勝手に処分するなどの経済的虐待-に分類。虐待されている恐れがある高齢者を発見した場合は、市区町村に通報することを国民に求めている。虐待行為として、自分自身の世話をしないセルフネグレクト(自己放任)を加えるべきだとの指摘もある。
2017.6.23 産経ニュース