カチカチ、カチ。白いワイシャツやポロシャツを着た男女七人が、パソコンのキーボードを打ち続ける。誤った欄に記入された郵便番号を正しく打ち直したり、全角と半角の混在する文字をそろえたり。就職に備えて、企業が顧客に送るダイレクトメールの住所録を整理するのを想定した実習だ。
七人は、愛知県立港特別支援学校(名古屋市港区)高等部の一~三年生。脳性まひや筋ジストロフィーがあり、腕が思うように上がらなかったり、いすに座り続けると疲れてしまったりする。苦労しながらも、作業をクリアするごとに自信に満ちた表情を見せた。
実習は五日間あり、高等部の六十七人が就職や施設での生活など卒業後の進路を見据えて活動を選択。パソコン実習は、在宅で働くことを見越した内容だ。後ろでは、同校の進路指導担当の河合健太郎教諭(46)と、一般社団法人「福祉情報技術サポートセンター」(名古屋市北区)の伊藤雅行代表(53)が見守り、途中で手が止まった生徒に声を掛けた。
同校で在宅勤務に備えた実習を始めたのは昨年から。その成果は、この春卒業した筋ジストロフィーの河本圭亮(けいすけ)さん(18)の就職に早速表れた。四月から伊藤さんが代表を務める同センターに勤務し、在宅でウェブデザイナーとして働いている河本さんは現役の生徒にとって身近な目標だ。
一年生の白鳥聖弥(せいや)さん(15)も筋ジストロフィーで、一人ではトイレが不自由。「収入を得て、できるだけ自力で生活したい。働くとしたら、家族の支援が受けられる自宅しかないと思います」と話す。
重い障害があっても就労意欲が高い人は少なくない。しかし、身の回りのことを独力でこなすのは難しく、卒業後は障害者施設に通うことになり、目標を持てずに次第に意欲が低下してしまう人もいる。
一定以上の障害者を雇うよう国が企業などに義務付ける「法定雇用率」も壁になる。週に二十時間以上働かないと、雇用に数えられない。障害のある人が働きやすい環境を整えるよう企業に促す狙いがあるが、体力の不安から二十時間を満たせない人にとっては逆風になる。
伊藤さんは、もともとシステムエンジニア。二十年ほど前、耳の聞こえない人にインターネットの使い方を教えたのを機に関心を持ち、チラシなどの印刷工場で障害者を雇うようになった。しかし、三カ月もたたずに辞める人が多く、「慣れない環境は難しいのかも。自宅で働くのが向いているのかな」と感じた。
伊藤さんと進路指導の河合さんが知り合ったのは、二〇一五年秋。河合さんが伊藤さんの事務所を訪ね「障害がある生徒を在宅就労させたい」と相談すると、即座に「やってみましょう」と応じてくれた。
昨年初めて実施した在宅就労の実習。目を輝かせて作業する河本さんに、伊藤さんは「真面目で、若いだけにのみ込みも早い。働く場がないなんて、もったいない」と感じた。河本さんは「IT技術の進歩でいろいろな働き方ができるようになってきた。まだ少ないけれど、障害があっても在宅などで働ける世の中になるといいな」と話す。
健常者と同じ戦力として雇うので、法定雇用率を満たすかどうかは関係ない。「技術を身に付け、もっと稼げるようにさせたい」。河本さんに期待しつつ、実習に取り組む可能性にあふれた七人を見つめる。
実習に臨む生徒たちを見守る河合さん(右端)と伊藤さん(右から2人目)
2017年6月22日 東京新聞