東京パラリンピックを2年後に控え、過去の大会の出場経験を持つパラアスリートが競技を転向し、新たな挑戦を行っているケースが目立つ。自らの特性を生かし、地元大会で飛躍を期す現場を追った。
夏一本に
2014年ソチ冬季大会バイアスロン(座位)銅メダリストの久保恒造(37)(日立ソリューションズ)は、ソチを最後に冬季競技をやめ、現在は車いす陸上一本で東京大会を目指している。
久保はもともと車いす陸上の選手。夏季大会出場を目指していたが、12年ロンドン大会まで、夏季大会の出場はかなわなかった。一方で、トレーニングの一環でもあり、「二刀流」の形でシットスキーに挑戦。スキー部のある日立ソリューションズに入社し、10年バンクーバーから2大会連続でパラリンピック出場を果たした。
「ソチの前からもう一回、夏の大会にチャレンジしたいという思いがあった。年齢的なことも考え、このタイミングかな、というのが自分の中にはあった」
ソチ大会後は、車いす陸上一本に専念。16年リオデジャネイロ大会では念願だった夏季大会の代表の座をつかみ、5000メートル(予選敗退)とマラソン(18位)に出場した。東京大会では5000メートルでの表彰台を狙っている。パラアスリートが複数の競技に打ち込むことについて、久保は「様々な種目にチャレンジするのは良いことだと思う。海外では成功している選手がたくさんいる。自分も、そういったモデルの一つになりたい」と話す。
後押し
障害者はトップレベルのアスリートの数が少ないため、日本パラリンピック委員会(JPC)では東京大会に向け、選手の競技転向を奨励している。これまでJPC独自に希望者の調査や募集を行っていたが、昨年度から日本スポーツ協会、日本オリンピック委員会(JOC)などと連携した「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」で、五輪・パラの有望選手の発掘とともに競技転向のアスリート支援も実施している。
初年度は、パラでは114人の応募者から車いすフェンシングやボッチャなど5競技17人が対象に選ばれ、選手らは全国各地の拠点で強化トレーニングを行っている。陸上競技からボッチャ、競泳から重量挙げに転向するケースなどがあり、JPCでは「経験値の高い選手が新たな場所で活躍するチャンスが広がっている」としている。今年度の2期生募集では、対象者はさらに増える見込みだ。
高い能力
「チャレンジという言葉が好き」。3月の平昌(ピョンチャン)冬季大会スノーボード・バンクドスラロームで金メダルを獲得した成田緑夢(ぐりむ)(24)(近畿医療専門学校)は繰り返す。平昌大会後、早々にスノーボードからの引退を宣言したが、どの競技に転向するかを模索している。7月にはパラ陸上の走り高跳びとカヌーの大会に出場。パラリンピックとともに健常者の五輪も目指しており、カヌーは2週間ほどのトレーニングで健常者の大会である「ジャパンカップ」のスラロームに出場。順位のつかないオープンクラスだったが、激流に負けず、巧みなパドル操作でレースを漕(こ)ぎきった。「初心者とは思えない力強さ」(日本カヌー連盟・馬場昭江強化委員長)と関係者を驚かせた。わずかな準備期間だったが、9時間練習した日もあるといい、アスリートとしての能力の高さを披露した。左ひざ下まひの障害の影響が少なく、自分の能力が最大限出せる競技を選ぶとしており、今後の動向に注目が集まるだろう。
企業が「部」設立して支援
久保をサポートするのが、所属企業の「日立ソリューションズ」(本社・東京都品川区)。2004年11月、競技環境が厳しい障害者アスリートを支援しようと、距離とバイアスロンのスキー部を設立。10年バンクーバー、18年平昌パラリンピック距離の金メダリスト、新田佳浩が所属している。現在はリレハンメル、長野両五輪距離代表の長浜一年(かずとし)氏を新監督に迎え、22年北京大会に向け、阿部友里香らの強化を進めている。
一方、14年4月には新たに車いす陸上部を設立。同社の中村勝彦総務部長は「久保から『車いす陸上に専念したい』という申し出があった。会社としても部を立ち上げ、新しい形で頂点を極めようということで設立した」と話す。
設立当初の部員は久保の一人だけだったが、昨年には距離スキーなどの経験を持つ馬場達也が入部。トレーニングに詳しい桐蔭横浜大の桜井智野風(とものぶ)教授が社外コーチを務め、選手の指導などを行っている。
久保は「会社には、好きなようにトレーニングをする時間を作っていただいている。不自由は全く感じていない」と感謝する。障害者を対象にした複数の競技部を持つ企業は全国でも珍しい。日立ソリューションズの取り組みは、パラアスリートにとって、力強い味方になっている。
レジェンド夏冬で金
競技転向の先駆者として知られるのが土田和歌子(八千代工業)だ。1998年長野冬季大会アイススレッジスピードレースで優勝すると、2004年アテネ夏季大会ではパラ陸上の5000メートル(車いす)も制し、冬夏両方で金メダル獲得の快挙を達成。その後も競技への意欲は衰えず、リオ大会後はパラトライアスロンへの再転向を果たした。横浜での世界シリーズ大会で2連覇するなど結果を残しており、「挑戦を続け東京大会を見据えたい」と話す。
平昌冬季大会でパラスノーボードに初挑戦した山本篤(新日本住設)は今春、再びパラ陸上に戦いの場を移した。「スノーボードで勝てなかった悔しさを陸上に生かしたい」と、東京大会では得意な走り幅跳びでの金メダル獲得を狙う。このほか、佐藤圭一(エイベックス)、太田渉子(日立ソリューションズ)らもメダル獲得の期待の大きいアスリートと言えそうだ。
障害者アスリートの支援に積極的な日立ソリューションズ。平昌大会では新田佳浩(中央)、阿部友里香(右から2人目)らが活躍した
2018年08月15日 10時45分 Copyright © The Yomiuri Shimbun