中央省庁の多くで障害者雇用の水増しが明らかになった28日、障害者や雇用を進める民間企業からは非難が相次いだ。先導すべき国の機関でなぜ、問題が起きたのか。徹底調査とともに、誰もが働きやすい共生社会に向けた議論を求める声が上がる。
「こんなに水増しされていたのかという思い。障害者雇用が正しく進められてきたのか疑問だ」
28日午後、野党各党が国会内で開いた合同ヒアリングで、日本盲人会連合の工藤正一・総合相談室長は、目の前に並んだ国の担当者らに強く訴えた。その後も、障害者団体の幹部らからは「残念でならない」「障害を持った人を採用するのはうっとうしいという感じが見えてならない」と怒りの声が相次いだ。
国家公務員になる目標がかなわなかった障害者も憤りを隠さない。関西に住む20代男性は「違法な状態で競争させられていたということになる。採用プロセスの正当性に疑問を感じる」と話した。
数年前、国家公務員の総合職試験に最終合格した。官庁訪問に進み、厚生労働省や文部科学省などの面接を受けたが、すべて不合格に。障害者への差別ではないかと疑ったが、当時は適性が合わなかったと自分を納得させ、自治体の職員になった。
男性は生まれつき両手足に障害があり、普段は電動車いすで移動し、着替えや入浴には介助が必要。身体障害者手帳1級の認定を受けている。
普段の生活では、自分しか気付かない生きづらさを抱えているからこそ、国の政策立案に関わる意味があると考えている。男性は「障害者目線で政策を考えることで、真の共生社会の実現につながる。水増し期間中に不採用となった受験者には再受験の機会を与えるべきだ」と話した。
内閣府の障害者制度改革担当室長を務めた東俊裕弁護士(65)は「厚労省の担当部局は熱心だが、他省庁は障害者施策を軽視してきた。障害者を雇いたくないのが本音だろう」と語る。
コミュニケーションや仕事の指示などで配慮が必要なため、特に知的障害や精神障害のある人の雇用は進まないという。「そうした人たちが働ける環境をモデル的に作るのが国の役割。制度をきちんと守る仕組みを入れるべきだ」と話す。
「『どうして障害者を雇いたくないのか』という点に向き合う必要がある」と指摘するのは、働く障害者が加入する労働組合「ソーシャルハートフルユニオン」の久保修一書記長だ。
法定雇用率の引き上げで対応に追われる企業からは、障害者を雇用すると負担が増えるのではと懸念する社員がいるとの相談もある。「数字上の法定雇用率の達成だけを目指すのではなく、雇う側も、働く障害者も無理せず共存できるあり方を探りながら、障害者雇用を増やして欲しい」と要望する。
国は今後、弁護士らによる検証チームを立ち上げ、経緯や原因を調査し、10月中に再発防止策を取りまとめる方針だ。バリアフリー政策を国などに求める障害者団体「DPI日本会議」の佐藤聡事務局長は「障害を持つ当事者をチームに入れてもらいたい」と強調した。(吉沢英将、渡辺元史、田中美保)
企業「これだけ努力してきたのに」
民間企業からも憤りや批判の声が上がった。
「がっかりだ」。大手食品メーカーで人事を担当する幹部(62)は28日、障害者雇用の水増しの横行が明らかになった中央省庁をこう突き放した。
この食品メーカーの障害者雇用率はグループで3・3%。障害者の雇用率を合算できる「特例子会社」もあるが、グループ各社が民間企業の法定雇用率(2・2%)を達成できるよう努め、最近4年間で雇用率を1・2ポイント高めた。地域の特別支援学校や行政、医療機関と連携したチームをつくり、採用にとどまらず、雇用の継続も支援してきた成果だ。「企業はこれだけ努力している。憤りを通り越し、あきれ果てている」と話す。
山梨県の機械メーカー、キトーの鬼頭芳雄社長(55)は、3460人もの不適切な算入を知り、こう考えた。「省庁で本音と建前が隔たった結果では」「障害者の雇用を率先する立場にありながら、人材の多様性が持つ意味を理解していないのだろう」
7年前から障害者雇用に力を入れ、今は34人の障害者が働く。雇用率は7%近い。かつては安全面などで現場に不安の声も多かったが、使う順番に部品に数字を振るなど知的障害者らに配慮して業務手順を見直し、全体の不良品や労災も減った。障害者の定着率も高まっている。「数字を目的とせず、工夫を積み重ねた結果だ」と振り返る。
いま懸念するのは、省庁が短期間に法定雇用率を達成しようと採用に突き進むことだ。無理をすれば、障害者の適性と仕事のミスマッチが起きかねない。
「即効性のある対処法はない。長期的な目標を設定し、障害者雇用への理解を職場で深めながら、じっくり取り組んでほしい」
中央省庁による障害者雇用数の水増し問題で、野党合同ヒアリングで意見を述べる出席者(手前)
2018年8月28日 朝日新聞