職場の上司や部下がもし発達障害だったら、どのように対応すれば良いのか。前回(記事はこちら)はエンタテインメント業界を取り上げたが、今回は一番難しいと思われるサービス業のマネジメント側から見た現状を聞いてみた。
発達障害者にとって、向かない業種の1つと言われるサービス業。対人関係能力など、マルチタスクが求められるからだ。
発達障害であることをオープンにせずに就職活動を行っている場合、面接時にその特性を見抜くことは非常に難しいと語るのは、某サービス業のB人事部長。入社後に10人ほどの発達障害者が在籍していたということがわかって、現在対応に追われているという。
「基本的にマルチタスクができないのです。サービス業の仕事はプロセスが複雑で、プロセスをちゃんと理解していないと、想定外のことがあったときに対応できない仕事です。採用面接の時にはマルチタスク能力を見抜くことは難しいですね。入社後、仕事をしてからそれに気づくのが一番悩ましいところです」
B氏の会社は学生にも人気の企業だけあり、一流有名大学からの入社が多い。難関をくぐり抜けて入社してくるのだから、新入社員とはいえ、対応力や柔軟性もあるとみなされる。しかし、マルチタスクでつまずき、会社の求めるパフォーマンスに応えられないことが続いた場合、どのような対処をするのだろうか。
「基本的には階級を下げざるを得ないですね。まだ活躍できる可能性が高いからという前提で本人と話をして、降格させることが多いです。マネジャーは医療の専門家ではないので、勝手に発達障害と判断することはできません。確信が得られない場合には、医療機関で専門家に診てもらうように導くケースもあります」
発達障害者には、向く職業と向かない職業がある。マルチタスクを求められるサービス業は、彼らにとって難しい職場なのだ。
「診断が出ている場合には、外に目を向けさせる、つまり、転職をして自分に向いた職場で能力を発揮した方がいいのでは?と水を向けて、本人に考えさせるケースもあります」
発達障害ゆえに向かない職場なのであれば、方向転換した方が本人にとってもメリットがあるというわけだ。ただし、高学歴の人は、仕事の成果が出ない理由として、自分の障害を盾にするケースが多いという。
「人事制度上、彼らには仕事内容に見合った給料を払うというルールになっています。疾病を理由にされても、それは専門家に相談すべき内容ですから、こちらとしても困るわけです。本当にその障害特性によってパフォーマンスができないのであれば、グレードを下げるか、退職して外に目を向けるのかということを伝えるんですが、ここが難しいところで、不当解雇だと言われかねない状況なので、サジ加減がすごく難しくて苦労しますね」
会話も普通にできるけれど…
仕事では浮き彫りになる特性
人事としても、トラブルに発展させないために、そういった社員とは日々コミュニケーションを図る必要があり、時には飲みに行くこともあるという。彼らも会話は普通にできるし、そんなに際立って感性が大きくずれているかというと、そこまでではない。ただし、仕事になると急激に困難さが出てくるところが、悩みの種だという。
「彼らに対しては、『求めている仕事のスキルに、君が追いついていない』という表現ではなく、『求めるスキルの種類が違う』と伝えるようにしています。当社の求めるものと、君の持つスキルはずれているけれど、当てはまる種類の会社も世の中にはあるから、そういうところに目を向ければ、成果を出せるんじゃないか、と。人としてはいつでも応援するし、逃げるつもりはないけれど、会社においては成果を評価しなければいけないし、判断もしなければいけないと伝えています。こうして誠実に話を進めていくと、もめることはなく、最終的には前向きに他の会社を探す方向に踏み出すケースも、最近では出てきていますね」
しかし、高学歴でプライドも高いため、転職先に仕事の性質が似た感じの会社を選ぼうとするケースも多いという。現在は売り手市場でもあるため、発達障害を自己申告しなければ転職は決まりやすいが、転職先で同様の不適応を起こす可能性も高い。B氏は、このようなケースで事前に転職先の相談や報告を受けた場合、同じことの繰り返しになってしまうため、やめるように強く促すという。仕事相手が「商品」ではなく「人」、「顧客」だと、発達障害がある場合は、仕事を持続するのが難しいというのが現状なのだ。
B氏の会社では、具体的にどのようなトラブルがあったのか聞いてみた。
「それは単純で、やるべきことをやってくれていないという、お客様からのクレームが最も多いです。何時までに折り返しの電話をすると言ったにもかかわらず、不履行のまま時間が過ぎてしまうのです。こちらとしても作業リストを新入社員レベルでイチから作るんですよ。スケジュールを明記して、順番通りにこういうふうにやってくださいと。それでもやはり実行できないです。1つ目のステップから忘れてしまったとか、1つ進めると今度は2つ目を忘れてしまって、そこで止まるとか…」
発達障害を知らないと
上司が参ってしまう
こういったことが頻発すると、さすがに会社としての信頼の問題になる。彼らは自分がした失敗をどのように捉えているのだろうか。
「できなかった仕事を、できなかったって認めない人も多いですね…。パフォーマンスの達成基準も、数値指標をちゃんと設定して評価しないと、本人も認められないのです。明らかにできていなくても、最初に指標をきちんと決めておかないと、後になってもめ事になってしまうことが過去たくさんありましたね。『言われた事はやった、全部やったのに何が悪いんですか!』というふうに言ってきます。何も成果が出ていなくても、論理的に話はできてしまうんです」
どれだけ論理的な話をされても、現実には会社が不利益を被っているわけで、そういったケースに対応する上司はマネジメントするのが大変ではないだろうか。
「やはり部門の上司が参ってしまうケースが多いです。発達障害について理解がなく、慣れていないと心が折れてしまうんですね。向き合い方がわからなくって、『サーバント(召使い)型』というか、相手に奉仕するように、一緒に伴走し始めてしまうんです。伴走し始めると、逆に甘く見られてしまう。寄り添いすぎるのも危ないんですね。そこで成果を出しても、逆にマネジャーが自信を喪失してしまうんです」
長年、発達障害の臨床に携わっている小児精神神経科医の宮尾益知氏に、企業や従業員から相談を受けている「発達障害の就労」について、現状の問題点を聞いてみた。
「発達障害を持つ方は、システム開発などの技術は非常に優れている方が多いのですが、管理職試験を受けても、全く合格しないという相談があります。調べてみると、人事のレポートでは『想像力がありません』、『人との関係が築けない』とありました。また、『思い込みが激しい』など、的を射ているコメントもありました。まさに人事レポートの通りの特性を持っているのです」
発達障害の1つである自閉症スペクトラム障害の特性が現れていたようだ。
「このケースでは、いろいろとアドバイスをした結果、最終的に試験には合格しましたが、部下が1人もいない管理職になりました。発達障害の特性を理解して、医療関係者がアドバイスをしてあげなければ良くはならないと思います。それでも上司になるのは難しいですね」
対人関係が求められる職場や、部下を持つ管理職などは、いわばマルチタスクが常に要求されているとも言える。人によって考え方や価値観が異なり、それに器用に対応していかなければならないからだ。サービス業など、対人関係が求められる業種では、企業側も「マルチタスクができる」という前提で採用しているため、発達障害者が周囲の協力を得られない場合、活躍するのは非常に難しくなる。
時間や場所、予定などを目で見てわかるように「視覚化」することで、ある程度解決できるケースもあるが、それでもトラブル時など不測の事態に対応することは難しく、パニックなど職場で不適応を起こす可能性も出てくる。会社側がそのシグナルに気づいた場合、放置すれば、本人のみならず周囲の人間も参ってしまうなどの大事になる恐れもある。専門の医療機関を交えた対応が、今後は主流になっていくだろう。
発達障害者の就労には、さまざまな困難がある。会社側も発達障害に詳しい医者のアドバイスを得るなどの努力が必要になる(写真はイメージです)
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。