障害者向け地下鉄無料パスを変更 割引利用には助けや手間が必要
福岡市が昨夏から重い障害者向けに交付を始めた「交通用福祉ICカード」。従来は無料で市営地下鉄を利用できた「福祉乗車証」の発行を取りやめ、切り替えを進めている移動支援策の一つだが、「気持ちがへこんでいます…」。車椅子で生活している女性から、そんな相談が寄せられた。
バスや西鉄、JRでも使えるようになった半面、その対象者も利用額も限定。だがそんな負担増だけが、もどかしさの理由ではないという。「とにかく使い勝手が悪いんです」-。
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相談者は、福岡県内の車椅子利用者でつくる「電車にのるぞ障害者の会」代表の吉浦美和さん(64)=同市南区。昨年7月の「市政だより」を読み、制度が変わることを知った。
福祉乗車証は身体障害者手帳1~3級の所持者などが対象の地下鉄無料パス。磁気のカードで改札の切符投入口に通せば利用できる。有効期限は1年。対象者は年1回、8月以降に区役所などで受け取っていた。
市は財政難などを背景に2017年度から障害者施策の「持続可能な支援制度への再構築」を進めており、無料パス廃止はその一環。交通用福祉ICカードは地下鉄以外の交通機関でも利用可能とした一方、対象を前年所得が200万円未満の人に限り、しかも年間最大1万2千円分しか利用できない。吉浦さんは「交通費の負担が増えて外出の機会が奪われる人もいる。より所得の低い非課税世帯には、これまで通り無料パスを提供すべきでは」と疑問を投げ掛ける。
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ただ何より不満な点が別にある。地下鉄や西鉄、バスを利用する障害者は運賃が半額となる割引があるものの、このICカードを改札でタッチして使うと、自動的に半額にはならない。
割引してもらうには原則、有人改札で障害者手帳を提示した上で、ICカードを券売機に通して割引切符を購入するか、職員の手作業でICカードの割引の処置をしてもらう「手間」が掛かるのだ。触れただけで通れる利便性を享受したかったら正規料金-。「駅員の数も多いとは言えないし、駅員の負担も増える。時代に逆行しているのでは」と吉浦さんはいぶかる。
同じく車椅子で暮らす古賀稔章さん(61)=同市東区=は手が改札の切符投入口に届かず無料パスを通せないため、これまで駅員に見せる形で有人改札を通っていた。「朝夕は一般乗客の有人改札の利用も少なくない。人の手を必ず借りないと乗れないのは不便」と精神的負担を口にする。
ちぐはぐなのは、市が一方で、利用者自らがチャージし、自動的に改札でタッチするだけで障害者割引が適用される地下鉄のICカード「はやかけん」(記名式)を発行していること。西鉄の「ニモカ」の障害者用ICカードも同様に使える。「せめて自動割引されるICカードにできないのでしょうか」(吉浦さん)
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制度変更の狙いについて、市障がい者在宅支援課は「居住地などによって地下鉄にあまり乗っていなかった人にも考慮し、バスや西鉄、JRも使えるようにした」と強調。ICカードの自動割引は「技術的には可能だが、システム改修などで新たに多額の費用がかかり、すぐに改善することは難しい」としている。
無料パスの16年度の交付人数は約2万3千人で、所得制限により約3千人が交付対象から外れる見込み。制度変更の混乱を軽減するため、市は3年間は、ICカードではなく無料パスの選択も認めている。
しかし-。同課の担当者は自動割引できない“欠点”は「制度変更前から市内部でも認識があった」と言う。ICカードでスムーズに改札を抜けていく人々を横目に、いちいち時間をかけ、職員に券売機などの操作をお願いしなければならない…。体を思うままに動かせない上に、そうした立場の「差」を突きつけられる障害者たちの複雑な心中に、思いをはせることはできなかったのだろうか。市への苦情や意見は400件以上という。
同様に08年、地下鉄などの無料パス廃止を含む障害者向けの交通費助成制度変更を目指した札幌市は、市民の意見を受けて1年延期し、当初案を見直し。無料パスや自動割引のICカードを含め、現在も障害の程度によって異なるきめ細やかな制度を実現している。
福岡市が重い障害者向けに交付する「交通用福祉ICカード」(上)と地下鉄無料パスの「福祉乗車証」
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券売機を利用するには助けが必要な古賀稔章さん(手前)。吉浦美和さん(後方右)は「ひと手間が苦痛なんです」
=2018/10/04付 西日本新聞朝刊=