大人の「発達障害」に対する関心が高まっている。NHKで特集が組まれるなど、ここ数年で、関連の情報も増えている。ライターの姫野桂氏も、世に発達障害とは何かを知らしめてきた一人だ。昨年8月に刊行された『私たちは生きづらさを抱えている』(イースト・プレス)で、発達障害の当事者22人のリアルな声を伝えた。そして12月に刊行された新刊『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)では、発達障害という「診断」は下されていないものの、「傾向」のある人々の悩みや対策を聞いている。自らも発達障害であることをカミングアウトしている姫野さんに、“生きづらさ”を抱えながら生きるすべを聞いた。
(前・後編でお届けします)
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◆“抽選式”の病院も 専門外来に受診希望者が殺到
──“発達障害ブーム”と一部では言われるほど、発達障害に対する関心が高まっています。どのような背景があるとお考えですか?
姫野:これまで発達障害は子どもの障害だとか、病気であって治るものだとか、間違った知識を持っている人が少なくありませんでした。それはひとえに、情報がなかったからです。ここ数年で正しい情報が増えることによって、自分も発達障害かもしれない、と感じる人が増えたのだと思います。実際、専門外来には受診希望者が殺到していて、“抽選式”にしている病院もあると聞きます。
とはいえ、情報や理解はまだ十分ではないと感じています。理想としては、当事者である、なしにかかわらず、誰しもに発達障害に関しての基礎的知識を持ってもらいたい。そうすれば、職場でもどこでも、皆が生きやすくなると思うんです。知識があると想像ができ、想像ができると、配慮につながります。
──発達障害の認知が高まった理由の一つに、発達障害であることを公表する著名人が増えてきたこともあると思います。モデルで俳優の栗原類さんや、「SEKAI NO OWARI」の深瀬慧さんなど。こういう状況についてはどう捉えていらっしゃいますか?
姫野:影響力のある方の発信によって、認知や理解が広がるのはとてもいいことだと思っています。一方で、発達障害=天才、とか、特別の才能がある人、といったイメージがあまりにも流布すると危険だとは思っています。
──新刊の中でも、発達障害=すごい人、という安易な認識には警鐘をならしていらっしゃいます。
姫野:発達障害の当事者の多くは社会的に困難を抱えていて、困っているからこそ、病院に行くわけです。そうした人たちの声や、特別秀でたものを持たない当時者もいることを、伝えていきたいと思っています。と同時に、たとえ天才でなくても、より適した仕事というのはあると思うんですね。私の場合は、会社員は全く向いていませんでしたが、ライターは続いています。
◆自分が何者かわからない、という苦しみ
──ここで改めて発達障害を説明しますと、生まれつきの脳の特性で、できることとできないことの能力に差が生じ、日常生活や仕事に困難をきたす障害です。大きく3つの種類がありますが【※】、障害の程度や出方は人それぞれだと、著書の中で書かれています。そこが、当事者にとっても、サポートする側にとっても、難しい点だと思いました。
姫野:一人ひとり違う特性を持っているので、サポート体制についても、一律にこうするのがよい、とは言えません。ADHDでも、ぼーっとしていて不注意の多い人もいれば、早口で喋りまくるような多動・衝動性の強い人もいます。一見すれば真逆の特性を持っているので、ADHDの人にはこういう仕事が向いている、とは言えないんです。
それだけに、まず、本人の自己理解が大切になってきます。自分は何が得意で、何が苦手なのか。自分自身が認識することで、周囲に助けを求めたり、対策が立てられるようになります。
【※発達障害には大きく3種類ある。ADHD:不注意が多かったり、多動・衝動性が強い。
ASD:コミュニケーション方法が独特だったり、特定分野へのこだわりが強い。LD:知的発達に遅れがないにもかかわらず、読み書きや計算が困難】
──となると、新刊の中で姫野さんが取材された、傾向はあるけれど診断はされていない人(=グレーゾーン)は、非常に難しい状況にあると考えられます。
姫野:はい。グレーゾーンの方の中には、自分が何者かわからないから、人にも説明できないという困難を抱えている人がいます。診断が下されていないことで、できないことが多いことを、障害のせいではなく、自分の努力が足りないからと考えてしまいがちです。
一方で、グレーゾーンの方の悩みも多様です。診断がほしいのにもらえず、病院を何件もわたり歩いたという方もいました。診断は病院に依るところが大きく、グレーゾーンの方にとって負担になる場合があるのです。反対に、診断はいらない、グレーゾーンのままでいいと考えている人もいますし、「二次障害」に苦しんでいる方もいます。
──二次障害とは、発達障害の特性ゆえの人間関係や仕事におけるストレスで、うつ病や睡眠障害などが起きること。こちらのほうが深刻な場合があると、本にも書かれています。
姫野:グレーゾーンの方って、頑張れば、健常者のように振る舞うことができる人が少なくないんです。そのぶん、頑張りすぎて疲れ、二次障害を起こすケースがあるんですね。発達障害の診断を受けるどうかについては、人それぞれ考え方がありますから、必ずしも医療機関を受診すべきだと私は思わないのですが、二次障害のある方は、すぐに病院に行ってほしいと思っています。
◆「生きづらさ」を感じない人の生き方とは?
──インタビューを読むと、苦手な分野を補うために、いかに頑張っているか、よくわかります。「忘れ物が多い」「マルチタスクが苦手」「電話が苦手」「片付けられない」などに、どう対処しているのか。本に紹介されている「ライフハック(仕事術)」は、誰が読んでも、参考になるところがあると思いました。
姫野:皆さん、苦手分野を克服するために色んな工夫をされています。一方で、当時者やグレーゾーンの方の中には、できないことに悩んでしまって、工夫をすればいいんだという考えに行き着いていない方もいるんです。そういう方の参考になればいいなと思って、新刊で紹介しました。
──発達障害や発達障害の傾向のある女性は、母親とうまくいっていないケースが多い、という指摘も印象的でした。
姫野:子供の頃からできないことが多いので、母親が過保護・過干渉になりがちなんです。その結果、距離が近すぎて、とくに同性同士の母・娘はうまくいかなくなるケースが多いようです。私自身も、大学生で一人暮らしをするまで、母との関係はよくありませんでした。同居している方は大変だろうと思いますが、様々な事情で皆が一人暮らしをできるわけではありませんから、難しい問題です。
──姫野さんの本からは様々な「生きづらさ」を知るともに、「生きづらさ」はなくならなくても、生きていくすべはある、と気づかされます。
姫野:ある時、「生きづらさ」ってなんですか? と言われたことがあるんです。発達障害の当事者ではない人に言われたのですが、生きづらさを感じたことがない人がいるのだと、驚きました。そういう人の話を聞いていると、苦手なことやイヤなことがないのではなく、それらを上手く回避して生きているんですね。対して発達障害や傾向のある人は、真正面からぶつかっていって、粉砕しがち。真面目な頑張り屋さんが多いのだとわかりました。
苦手なことは克服しなければいけない、逆境には立ち向かわなければいけない、私もそうやって生きてきましたが、その考えこそが、自分の首をしめていたことにようやく気付いたんです。できないことはできないと言う、同時に、できることを探す。自分の偏りを見つめて、人の手を借りる。簡単なことではないですが、色んな方の声を通じて、そうしたことを伝えていけたらと思っています。
◆姫野桂/ひめの・けい
1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)『発達障害グレーゾーン』
大人の発達障害 生きづらくとも生きていくすべはある

世は「発達障害ブーム」だが、理解や認知は十分ではないと姫野桂氏は語る
(扶桑社新書) 2019年01月02日 NEWSポストセブン