こうして昨年9月14日、3カ月間の試行期間を設け、以降は1年ごとに自動更新するという契約が正式に締結された。
30歳の若き店長の奮闘が支えた
木南さんの本当の意味の奮戦が始まったのは、この時からだ。諸々の管理業務がこの若い店長に委ねられた。まずは、3人に任せる仕事のメニュー作り。今週は何をしてもらうか、前日までに作業内容を考え、下準備をしておく。ほかの店舗スタッフとの融和も大事な仕事だ。
枚方山之上店のスタッフは正社員3人(うち薬剤師が2人)とパート・アルバイトで約20人。この人たちでシフトを組み、常時7~8人が店に出る体制となっている。他方、知的障害のあるスタッフも10人のメンバーが交代で3人ずつ出勤する。このため、全員が顔を揃える機会は少なく、互いに打ち解けるのはなかなか難しい。両者の間に溝ができないように気を配るのは、必然的に店長の役目となる。
一番留意しているのは、来店客に迷惑をかけないこと。障害のあるスタッフも同じ赤いエプロンを着けているので、外見からはそれとは分からない。例えば、急に商品について質問され、受け答えできずに不快な思いをさせたりすることのないように、常に目配りが必要になる。
それでも、木南さんは「今まで問題が起きたことは全くありません。ぱうんどケーキ村の皆さんも一生懸命やってくれていますし、何よりも大阪のお客様はフレンドリーで、心優しい方が多いですから」と、ここでも屈託のない笑顔を見せた。
後見役の島田さんは「店長の目が行き届きやすい小規模店舗であったことが幸いした面はあると思います」としたうえで、「けれども、この新しい試みがうまく離陸できたのは、ひとえに木南店長の頑張りのおかげ。彼でなければ、こんなにスムーズに事が運んだかどうかは分かりませんね」と手放しで称賛する。
一方、ぱうんどケーキ村の知的障害のある人たちも、初めての企業での就業体験で何かをつかんだ人が多いようだ。機関誌『フォレスト倶楽部ニュース』の昨年12月1日号には、3人のメンバーが感想を寄せている。そのうちの1人は次のように言っている。
「・・・緊張する中、お店の入り口で消毒した買い物カゴをお客様にうまく渡せた時は相手も笑顔をくれたので、うれしくほっとできました。・・・3時間はあっという間に終わりましたが、いろいろ教えてもらえて勉強になりました。ありがとうございました」
「地域社会に愛される店作り」という視点
つい最近の話だが、キリン堂と木南店長に嬉しい知らせが届いた。10人のメンバーのうちの1人が地元の郵便局に正式採用され、勤務することが決まったというのだ。本格スタートから半年で、はるか先の目標と思われていた「施設通所者の企業への就職」という成果が早くも実現したのである。
仲介役を果たした竹川さんは「予想以上に順調な滑り出しになりました」と会心の笑みを見せる。うまく進んだ理由を「お向かい同士という立地条件、新しい店長に率いられた新しい店舗といった幸運が重なったことは確かでしょう。でも、最大のポイントは双方の関係者が『できない理由』を並び立てるのではなく、『何ができるか』『どうやればできるか』を前向きに考え、行動を起こしたことだと思います」と分析。特に受け入れ側が「地域社会に親しまれ、愛される店作り」という理念をぶれずに貫いたことが大きいと見る。
6月12日、キリン堂は枚方山之上店を含む近畿・四国地区の74店舗で、「ドッグポール」という新しいサービスツールの運用を開始した。ペットブームによって増え続けている愛犬家がペット連れでも来店できるように、買い物をしている間、犬をつないでおける専用のポールを店の入り口付近に設置したのである。日本ペットフードの協賛を得て、新たな“店頭広告媒体”として活用することも狙った試みだが、同社ではこれも「地域コミュニティーに愛される店作り」の一環と位置づけている。
「障害のある店舗スタッフの採用」と「ペット連れの来店客向けサービス」を同じ視点で議論するのは不謹慎と思われるかもしれないが、いずれも従来の小売業界の常識では「やれない」、もしくは「やってはいけない」と考えられていた取り組みという点は共通している。顧客に支持される理念を持ち、社会のニーズの変化を読んで時代の要請に柔軟に応える姿勢があれば、“タブー”を打ち破って新しい風を起こすことはいくらでもできる。
大手上場企業と地域の小さな授産施設の連携で実現したこの“枚方モデル”とでも呼べる障害者就労支援スキーム。他の地域、他業種の店舗でも応用することは十分に可能であろう。