横須賀総合医療センター心臓血管外科

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出血に対する下行大動脈遮断

2018-10-27 19:20:36 | 心臓病の治療
 ドラマなどでは出血性ショックに対して下行大動脈を遮断して、下半身への血流を少なくする分、冠動脈や脳への血流を優先することで救命を試みる、というシーンが見られます。
 しかしながら、実際にそれで救命できた患者さんはどれだけいるのか、きわめて疑問です。

 大動脈遮断を最も多く経験する心臓血管外科医としての常識として、大動脈遮断して、その次の治療手技に直ちに移行しなければ救命は不可能です。心臓血管外科領域で有効な可能性があるのは、腹部大動脈瘤破裂に対する止血です。腹部が血腫で覆われ通常の大動脈瘤の上流の大動脈を遮断することが困難な場合は、短時間にアクセス可能なのは左開胸して下行大動脈を遮断し(経験上、最短2分で遮断した症例があります)、それで出血をコントロールしておいて、短時間のうちに(可能なら10分以内)大動脈瘤のネック(直上部)を遮断かけ直すことで救命の可能性が出てきます。できれば下行大動脈の遮断時間は30分以内でないと、脊髄虚血などおこるので救命の意味が無くなります。最近は同様の遮断方法として、左上腕動脈からバルーンカテーテルを挿入して、血管内治療として大動脈遮断する方法を推奨している施設もあります。

 ドラマでは多発外傷による出血性ショックに対して行ったりしていますが、また、救急医でこうした症例にやりたがる医師もいますが、遮断したあとの、止血、血行再建などにつなげる目処がないと意味がありません。特に大動脈遮断などしたことない医師がやるべきではありません。

腹部外傷において出血の一時的制御の為に大動脈遮断を置く場合は、基本的には小網をあけて、腹腔動脈上の腹部大動脈を遮断し、出血の制御ができ次第、遮断解除する必要があります。その操作は通常、手術台の上でないと困難です。救急部に手術室の設備があったりハイブリッド機能があったりする施設も最近は見られますが、残念ながらそこに手術室スタッフや手術器具を常備していないためいちいち手術室から道具を持ってきて、また足りないものは手術室から補充するなど有効に機能できない環境が多いのも事実です。結局、ハイブリッド手術室の完備した救急センターを持つ前任地でも、日ごろ心臓手術をしている手術室に患者さんを運んでから処置をするのが最も救命の可能性が高いので、そのような体制としています。それでも手術室まで搬送するのが間に合わないから、という理由で開胸したがる医師もいるようですが、慣れない医師が開胸して遮断するのにかかる時間より、明らかに手術室へ搬送する時間の方が短いです。筆者も過去になんどか、救急室で、開胸したり心嚢を開放した症例がありますが、救命できた経験はありません。

 手術室に搬入して、手術台の上で開胸したり、心嚢を開放した症例に関しては、全て救命できています。手術台の上で、最初に下行大動脈を遮断した症例は、脊髄虚血による対麻痺になった症例、術後の多臓器不全で最終的に失った症例、限局的な下行大動脈遮断部位の解離を発症した症例などありますが、おおむね救命できています。しかしながら、ここ10年近く左開胸して先に下行大動脈を遮断する必要のあった症例はなく、それよりも腹部大動脈瘤破裂でも、開腹し短時間に瘤の上流で遮断できることがおおく、この方が確実に合併症なく救命できます。

 なので、ドラマで派手に開胸して下行大動脈遮断するシーンに憧れて救急医を目指す医師が実際に増えていること自体は歓迎すべきことかもしれませんが、こうした手技に関しての素人が決して行うべきではないと思います。



実際の救急の現場での下行大動脈を遮断を行って救命できた症例は10%だそうです。バルーンによる大動脈遮断のほうが、救命率が高いようですが(36%)、この中には完全に閉鎖されずに下半身の血流が残っていることで救命された症例が含まれているために救命率が若干高いのかもしれません。

以下、関連記事  https://www.m3.com/academy-flash-report/articles/10532?refererType=open

重症外傷患者の蘇生処置としてREBOAは、ACCと比較して入院死亡率を有意に低下:日本全国コホート研究
2016年11月14日配信

 心停止を起こし得るような重症体幹外傷を有する患者に対して、大動脈遮断による蘇生処置の一つとして大動脈クランプ術(Aortic Cross Clamping:ACC)が古くから用いられているが、その有効性については依然として議論の余地がある。その一方で、大動脈内バルーン遮断(Resuscitative Endovascular Balloon Occlusion of the Aorta:REBOA)は腹部大動脈瘤破裂、消化管出血、分娩時出血などによる出血性ショックに対して有効であることがわかっている。そこで、筑波メディカルセンター病院 救急診療科の阿部智一氏らは、日本人重症外傷患者における蘇生処置としてのREBOAの有効性をACCと比較検討し、その結果を、11月12日の「蘇生科学シンポジウム」の中で発表した。阿部氏は、REBOAがACCと比較して院内死亡率を有意に低下させ、重症外傷患者の蘇生処置としてACCに代わり得る可能性があると解説した。

 本研究は、2004年~2013年における日本の全国外傷登録データ(日本外傷データバンク)をもとにした、レトロスペクティブな検討である。対象は、REBOAまたはACCのいずれかにより蘇生処置を受けた成人患者とし、救急搬入時に心肺停止の患者または解剖学的外傷スコア(abbreviated injury scale:AIS)6の患者は除外した。主要評価項目は院内死亡率とした。
 対象患者は全903例であり、REBOAを受けた患者(REBOA群)は636例、ACCを受けた患者(ACC群)は267例だった。両群とも鈍的腹部外傷患者が9割以上を占めた。また、頭部外傷重症度(glasgow coma scale:GCS)はREBOA群10、ACC群5でACC群でより重症患者の割合が多かった(p<0.001)。外傷重症度スコア(revised trauma score:RTS)はREBOA群5.2で、ACC群4.2と比較して有意に高かった(p<0.001)。さらに、予測生存率もREBOA群0.43で、ACC群0.27と比較して有意に高かった(p<0.001)。
 開胸患者の割合は、ACC群60%に対してREBOA群11%で有意に低く、動脈塞栓術(TAE)実施患者の割合は、ACC群6.7%に対してREBOA群24%と有意に高率だった(いずれもp<0.0001)。
 主要評価項目である院内死亡率は、ACC群90%に対してREBOA群は67%と有意に低かった(p<0.0001)。副次評価項目の救急診療部(ED)死亡率もREBOA群で有意に低率であり、ACC群49%に対してREBOA群22%だった(p<0.0001)。これらの結果は、RTS、解剖学的重症度(injury severity score:ISS)、外傷予測生存率(trauma and injury severity score: TRISS)で調整後も同様の傾向を示した。
 さらに、二次解析として傾向スコアを用いて後背景因子を調整したコホート304例(各群152例)においても比較検討した。その結果、院内死亡率、ED死亡率ともにREBOA群で低く(オッズ比はそれぞれ0.261、0.182)、REBOA群では胸部AISスコアがより軽度であった(3.8 vs. 4.2、p<0.001)。
 最後に、阿部氏は「今回の結果は、REBOAが血管内デバイスであり、重症体幹外傷患者に対して、低侵襲性かつ低外傷性な処置が可能なために得られた」と述べ、「開胸の必要がなければ患者の死亡率は低下し得る。」と結論付けた。
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