どうも最近の丘はよくない、と思いませんか。
一時の元気がない。
昔の丘は元気でハツラツとしていた
丘は希望に満ちていた。
それに比べて今の丘は、スッカリ鳴りをひそめてしまったではないか。
昔の歌謡曲には、やたらに丘が登場した。
「丘の上 ひなげしの花で 占うの あの人の心」
「白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ北国の春」
「飲んで騒いで 丘にのぼれば はるか国後に 白夜は明ける」
などなど。
そうだ、あの頃の歌謡曲は「丘」だらけだった。
まだ他にも「丘を越えて行こうよ」とか「緑の丘の赤い屋根」とか「今日も暮れゆく異国の丘」など歌詞のどこかに「丘」があふれていた。
昔の丘は張り切っていたのだ。
いま丘は疲れきっている。
いつごろから疲れ始めたのだろうか。
それは「住宅団地」あたりにあるのではないか。
富士見ヶ丘団地、夕陽ケ丘団地、緑が丘団地などなど新興住宅地には「丘」の名がつけられることが多かった。
かつて丘は挫折を乗り越え、希望に向かうシンボルだった。
それが次第に生活感あふれる、日常の場へと変わっていったのだった。
丘=団地というイメージになった。
歌謡曲で丘が歌われなくなった理由は、これでハッキリわかる。
このように丘は元気を失ったようだ。
でも
「みかんの花咲く丘」のような丘は好きだ。
花じゃなくて実のほうですが(*´∀`*)
みかんの花が 咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える 青い海
お船がとおく かすんでる
いぃなぁ、こういう丘にみんなで行ってみたいなぁ
一時の元気がない。
昔の丘は元気でハツラツとしていた

丘は希望に満ちていた。
それに比べて今の丘は、スッカリ鳴りをひそめてしまったではないか。
昔の歌謡曲には、やたらに丘が登場した。
「丘の上 ひなげしの花で 占うの あの人の心」
「白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ北国の春」
「飲んで騒いで 丘にのぼれば はるか国後に 白夜は明ける」
などなど。
そうだ、あの頃の歌謡曲は「丘」だらけだった。
まだ他にも「丘を越えて行こうよ」とか「緑の丘の赤い屋根」とか「今日も暮れゆく異国の丘」など歌詞のどこかに「丘」があふれていた。
昔の丘は張り切っていたのだ。
いま丘は疲れきっている。
いつごろから疲れ始めたのだろうか。
それは「住宅団地」あたりにあるのではないか。
富士見ヶ丘団地、夕陽ケ丘団地、緑が丘団地などなど新興住宅地には「丘」の名がつけられることが多かった。
かつて丘は挫折を乗り越え、希望に向かうシンボルだった。
それが次第に生活感あふれる、日常の場へと変わっていったのだった。
丘=団地というイメージになった。
歌謡曲で丘が歌われなくなった理由は、これでハッキリわかる。
このように丘は元気を失ったようだ。
でも

花じゃなくて実のほうですが(*´∀`*)

みかんの花が 咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える 青い海
お船がとおく かすんでる
いぃなぁ、こういう丘にみんなで行ってみたいなぁ
