四十五年前の成人式に、わたしは出席できなかった。当時、田舎の家を離れ、隣町で住み込みの仕事をしていた。
成人式の招待状は実家に届いていたが、誰も知らせてはくれなかった。今とは違い、さほど成人式には関心を払わない時代だった。
ところが、職場の専務は違った。従業員のひとりに過ぎないわたしのことをちゃんと覚えていてくれた。
「君は確か、今年が成人式だったよな。今日がそうじゃなかったけ」
「はい」
別に深く考えもせず返事をした。
「それで…なんで仕事をしているの?」
突然な上司の問い掛けに口ごもったわたし。すると、専務の口調が変わった。
「いいか。成人式は、一生のうちたった一度だけ、公けに祝って貰える大切な日なんだぞ。仕事に替えられない人生の区切りの記念日を放棄するなんて。まだ間に合うだろう。すぐ帰って出席して来なさい。大人の自覚を手に入れる貴重な日を無駄にするんじゃない」
慌てて実家に戻ったが、結局式には間に合わなかった。
しかし、夕食時に、久しぶりに顔を合わせた家族に成人の日を祝って貰うことが出来た。あの賑やかな喜びに満ちた食卓を思いだすたびに、専務の思いやりに感謝している。
(サンケイ・二〇一四年一月十日掲載)
成人式の招待状は実家に届いていたが、誰も知らせてはくれなかった。今とは違い、さほど成人式には関心を払わない時代だった。
ところが、職場の専務は違った。従業員のひとりに過ぎないわたしのことをちゃんと覚えていてくれた。
「君は確か、今年が成人式だったよな。今日がそうじゃなかったけ」
「はい」
別に深く考えもせず返事をした。
「それで…なんで仕事をしているの?」
突然な上司の問い掛けに口ごもったわたし。すると、専務の口調が変わった。
「いいか。成人式は、一生のうちたった一度だけ、公けに祝って貰える大切な日なんだぞ。仕事に替えられない人生の区切りの記念日を放棄するなんて。まだ間に合うだろう。すぐ帰って出席して来なさい。大人の自覚を手に入れる貴重な日を無駄にするんじゃない」
慌てて実家に戻ったが、結局式には間に合わなかった。
しかし、夕食時に、久しぶりに顔を合わせた家族に成人の日を祝って貰うことが出来た。あの賑やかな喜びに満ちた食卓を思いだすたびに、専務の思いやりに感謝している。
(サンケイ・二〇一四年一月十日掲載)
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