空腹は芳樹を容赦なく襲う。
もうフラフラだ。
家にたどり着けば、
自分の好きなものを口にできる。
その思いだけが、
ここまで歩かせてくれたのだ。
気が遠くなりそうだった。
腹がすき過ぎると、
いつもこうなる。
わかっていても、どうしようもない。
芳樹は6年生である。
食えなかった弁当がランドセルの中で、
かなり重く感じられた。
(なんだよ、これ……?)
昼の時間に、
勢い込んで弁当箱を開けて、
一瞬固まった。
白いご飯に黒いものが強調された。
(アリ……?)
目を凝らすと、
紛れもないアリだった。
田んぼと山に囲まれた田舎では、
よほど気を付けないと、
アリの侵入は避けられない。
芳樹の母はなんでも大まかな性格だ。
弁当を詰めたら、
そこらに放り出して置く。
母は食べ物に虫が入っていたら、
つまみ取って、
あとは平気で食べてしまう。
その母が産んだ息子には、
なぜか性格は引き継がれていないのだ。
虫の活動が活発な季節は、注意してもしたりない。
夏場の弁当に時々入り込むのはしようがない。
芳樹は、
それを見つけてしまうと、
もう弁当を食べられなくなる。
潔癖症ではない。
普段の生活はだらしないと、
しょっちゅう母に叱られている。
ただ、
食べるものに何か異物を発見してしまうと、
もう駄目だった。
無理して食べようとすれば、
間違いなくえづく。
アリ一匹を目にすると、
弁当のふたを閉じてしまう。
「どうしたの、
お弁当ひとつも食べとらんやんか」
母にこっぴどく叱らてからは、
手つかずの弁当の中身を、
帰り道の途中で捨ててしまう。
育ち盛りだけに、
昼ごはん抜きはこたえる。
だから、
しょっちゅうふらふらになりながら家路に着く。
きょうはいつもと違った。
とてつもない空腹感に襲われている。
グラッツ!
目の前が空白になった。
足元が崩れた。
芳樹は気づいた。
誰かが、
倒れかかった芳樹の体を受け止めたのだ。
「大丈夫かい?」
妙に懐かしい声に思えた。
目を開けると、知らない男性の顔がのぞき込んでいた。
「……!」
「大丈夫、大丈夫。
お腹が減ってるんだな」
思わず芳樹はうなずいた。
声を出す元気はなかった。
男はこのあたりで見たこともないスーツ姿だった。
一張羅に違いない。
胸ポケットに名札が見えた。
『獅子堂』と読めた。
難解な字だが、
芳樹には読めた。
物知りなわけではなく、
芳樹と同じ苗字だったからだ。
男に支えられて、
道沿いにある畔に座り込んだ。
「ほら。これを食べろ」
男が鼻先に突き出したのは、
透明な袋に詰められてある。
見たこともない袋に、
きょとんと見とれていると、
男は袋を破った。
中身を器用に引っ張り出すと、
芳樹に差し出した。
「パンだ。アンパンだ、うまいぞう」
芳樹はパンにかぶりついた。
空腹は限界寸前だったのだ。
男は、
子供の行動に、
何度も頷きながら、
笑顔で見守った。
次回に続く
もうフラフラだ。
家にたどり着けば、
自分の好きなものを口にできる。
その思いだけが、
ここまで歩かせてくれたのだ。
気が遠くなりそうだった。
腹がすき過ぎると、
いつもこうなる。
わかっていても、どうしようもない。
芳樹は6年生である。
食えなかった弁当がランドセルの中で、
かなり重く感じられた。
(なんだよ、これ……?)
昼の時間に、
勢い込んで弁当箱を開けて、
一瞬固まった。
白いご飯に黒いものが強調された。
(アリ……?)
目を凝らすと、
紛れもないアリだった。
田んぼと山に囲まれた田舎では、
よほど気を付けないと、
アリの侵入は避けられない。
芳樹の母はなんでも大まかな性格だ。
弁当を詰めたら、
そこらに放り出して置く。
母は食べ物に虫が入っていたら、
つまみ取って、
あとは平気で食べてしまう。
その母が産んだ息子には、
なぜか性格は引き継がれていないのだ。
虫の活動が活発な季節は、注意してもしたりない。
夏場の弁当に時々入り込むのはしようがない。
芳樹は、
それを見つけてしまうと、
もう弁当を食べられなくなる。
潔癖症ではない。
普段の生活はだらしないと、
しょっちゅう母に叱られている。
ただ、
食べるものに何か異物を発見してしまうと、
もう駄目だった。
無理して食べようとすれば、
間違いなくえづく。
アリ一匹を目にすると、
弁当のふたを閉じてしまう。
「どうしたの、
お弁当ひとつも食べとらんやんか」
母にこっぴどく叱らてからは、
手つかずの弁当の中身を、
帰り道の途中で捨ててしまう。
育ち盛りだけに、
昼ごはん抜きはこたえる。
だから、
しょっちゅうふらふらになりながら家路に着く。
きょうはいつもと違った。
とてつもない空腹感に襲われている。
グラッツ!
目の前が空白になった。
足元が崩れた。
芳樹は気づいた。
誰かが、
倒れかかった芳樹の体を受け止めたのだ。
「大丈夫かい?」
妙に懐かしい声に思えた。
目を開けると、知らない男性の顔がのぞき込んでいた。
「……!」
「大丈夫、大丈夫。
お腹が減ってるんだな」
思わず芳樹はうなずいた。
声を出す元気はなかった。
男はこのあたりで見たこともないスーツ姿だった。
一張羅に違いない。
胸ポケットに名札が見えた。
『獅子堂』と読めた。
難解な字だが、
芳樹には読めた。
物知りなわけではなく、
芳樹と同じ苗字だったからだ。
男に支えられて、
道沿いにある畔に座り込んだ。
「ほら。これを食べろ」
男が鼻先に突き出したのは、
透明な袋に詰められてある。
見たこともない袋に、
きょとんと見とれていると、
男は袋を破った。
中身を器用に引っ張り出すと、
芳樹に差し出した。
「パンだ。アンパンだ、うまいぞう」
芳樹はパンにかぶりついた。
空腹は限界寸前だったのだ。
男は、
子供の行動に、
何度も頷きながら、
笑顔で見守った。
次回に続く
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