こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ノベル・タイムポケット

2015年12月25日 02時52分05秒 | 文芸
空腹は芳樹を容赦なく襲う。

 もうフラフラだ。

 家にたどり着けば、

 自分の好きなものを口にできる。

 その思いだけが、

 ここまで歩かせてくれたのだ。

 気が遠くなりそうだった。

 腹がすき過ぎると、

 いつもこうなる。

 わかっていても、どうしようもない。

 芳樹は6年生である。

 食えなかった弁当がランドセルの中で、

 かなり重く感じられた。

 (なんだよ、これ……?)

 昼の時間に、

 勢い込んで弁当箱を開けて、

 一瞬固まった。

 白いご飯に黒いものが強調された。

 (アリ……?)

 目を凝らすと、

 紛れもないアリだった。

 田んぼと山に囲まれた田舎では、 

 よほど気を付けないと、

 アリの侵入は避けられない。

 芳樹の母はなんでも大まかな性格だ。

 弁当を詰めたら、

 そこらに放り出して置く。

 母は食べ物に虫が入っていたら、

 つまみ取って、

 あとは平気で食べてしまう。

 その母が産んだ息子には、

 なぜか性格は引き継がれていないのだ。

 虫の活動が活発な季節は、注意してもしたりない。

 夏場の弁当に時々入り込むのはしようがない。

 芳樹は、

 それを見つけてしまうと、

 もう弁当を食べられなくなる。

 潔癖症ではない。

 普段の生活はだらしないと、

 しょっちゅう母に叱られている。

 ただ、

 食べるものに何か異物を発見してしまうと、

 もう駄目だった。

 無理して食べようとすれば、 

 間違いなくえづく。

 アリ一匹を目にすると、

 弁当のふたを閉じてしまう。

 「どうしたの、

 お弁当ひとつも食べとらんやんか」

 母にこっぴどく叱らてからは、

 手つかずの弁当の中身を、

 帰り道の途中で捨ててしまう。

 育ち盛りだけに、

 昼ごはん抜きはこたえる。

 だから、

 しょっちゅうふらふらになりながら家路に着く。

 きょうはいつもと違った。

 とてつもない空腹感に襲われている。

 グラッツ!

 目の前が空白になった。

 足元が崩れた。

 芳樹は気づいた。

 誰かが、

 倒れかかった芳樹の体を受け止めたのだ。

 「大丈夫かい?」

 妙に懐かしい声に思えた。

 目を開けると、知らない男性の顔がのぞき込んでいた。

 「……!」

 「大丈夫、大丈夫。

  お腹が減ってるんだな」

 思わず芳樹はうなずいた。

 声を出す元気はなかった。

 男はこのあたりで見たこともないスーツ姿だった。

 一張羅に違いない。

 胸ポケットに名札が見えた。

 『獅子堂』と読めた。

 難解な字だが、

 芳樹には読めた。

 物知りなわけではなく、

 芳樹と同じ苗字だったからだ。

 男に支えられて、

 道沿いにある畔に座り込んだ。

 「ほら。これを食べろ」

 男が鼻先に突き出したのは、

 透明な袋に詰められてある。

 見たこともない袋に、

 きょとんと見とれていると、

 男は袋を破った。

 中身を器用に引っ張り出すと、

 芳樹に差し出した。

 「パンだ。アンパンだ、うまいぞう」

 芳樹はパンにかぶりついた。

 空腹は限界寸前だったのだ。

 男は、

 子供の行動に、

 何度も頷きながら、

 笑顔で見守った。

                           次回に続く

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