こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

「葬送」-惜別の正体

2014年12月04日 00時22分13秒 | Weblog
「チリチリチリ…」 
どこかはるか遠くから伝わってくる。夢見ごこちで聞いている。
 いきなり体が激しく揺り動かされた。
「おとうさん、おとうさん」
 耳元に飛び込む声。現実に引き戻されるには充分過ぎる。目を開くと、ぼんやりした人の顔が真正面にあった。輪郭までぼやけて、誰が誰だか分からない。狼狽して枕もとに手を伸ばす。近眼者の本能みたいなものだ。
「はい、メガネ」
 妻の声だった。手に、馴染んだメガネのツルの感触が戻った。急いでかける。目の前が鮮明さを回復する。妻の顔を確認すると、やっと落ち着いた。
「電話よ」
「俺に?」
 めったに受話器を握りはしない。無類の電話嫌いだった。よほどのことがなければ電話口に立たない。「おとうさんは?と聞かれたら、いまいません、言うとってや」と家族にきつく言い聞かせている。それが、わざわざ寝入っているのを起こすぐらいだから、大ごとなのかも知れない。
「会社の人からよ」
「会社?いったい何やねん」
 心当たりは全くない。夜勤専門で弁当会社に勤めている。もう十年近く勤めているが、電話連絡があるなんて滅多になかった。といって無視するわけにはいかない。
「はい、杉崎ですが」
「ああ、杉崎さんか。わし、野呂木や。他でもないねんけど……」
 同じ部署で働いている野呂木は、ちょっと言い淀んだ。それがいきなり大声になった。
「吉森はん、知ってるやろ。あの人、仮眠してたんや、車でなあ」
 要領を得ない。やはり同じ部署で働いている吉森は、よく知っている。野呂木に聞き返した。
「誰も気がつかなんだんや。そいでな、吉森はん、死んではったんやと」
「……?」
 野呂木が何を言いたいのか、まるでピーンとこなかった。起き抜けのせいでまだ頭がぼんやりとして、働くまでにいたっていない。
「一緒に働いてはった、吉森はんなあ」 
 じれったそうに野呂木は繰り返した。
「車ん中で死んではったんやわ。警察も来てなあ、もう大騒動やがな」
(吉森はんが死んだ!)ようやく頭は正常に働きだした。人の好さを丸出しにした吉森の笑顔が急に思い浮かんだ。(まさか……?)
 今朝方まで杉崎の仕事をサポートしていたのに、それがなぜ?手近な時計に目をやった。昼の一時。わずか半日しか経っていない。
(何で?)
 全く要領を得ない。頭が混乱していた。
「ちょっと疲れましたわ。悪いでっけど、はよ帰らせてもらいますわ」
 吉森の最後の言葉だった。確かに顔色は決してよくなかった。しかし、それはいつものことだった。だから気にもならずに、いつもの軽口で応じた。
「ええよ。はよ帰って休んだ方がええわ。お互い歳やから、無理は禁物やでな」
 それが、いつも通りに終わらなかった。最悪の結果が、いま手元の受話器を通してもたらされている。
「はよ伝えよ思たさかいに……」
 野呂木の言葉の最後の方は耳に飛び込む寸前に消滅したかのように聞こえなかった。
「何やったん?」
「アルバイトのおっさんが死んだんやて、会社の駐車場で」
「まあ。きのう一緒に仕事してはったんでしょ」
「ああ。ほんまに信じられへんわ」
 思わずため息が口を吐いて出た。
「人間手えらい脆いなあ。いやんなるほど」
 妻の言葉には実感がこもっていた。
 無理はない。昨年の後半から、立て続けに身近な人の死に遭遇している。それも信じられない若さで亡くなったのが二人もいる。十八歳の女子高校生と、十九歳の浪人生。どちらも交通事故の犠牲者だった。杉崎が済む町の右隣に位置する分譲団地の住人の女子高校生は長女の同級生だった。浪人生は長男が所属したバレーボール部の先輩で、こちらは左隣の町の住人だった。どちらも自宅から百メートルも離れていない道路で、勿体な過ぎる尊い命を一瞬にして亡くした。
 通夜も葬儀も足を運んだ。通夜の席で放心状態だった親たちは、葬儀では懸命に気丈さを演じているのがわかった。思わず目頭が熱くなったのは、憐憫の心情きあらではなく、同じ子供を持つ父親の非情の境遇に自然と入り込んでしまったからだった。
「杉崎はんも来てたんかいな」
 車を臨時の駐車場に入れて、降り立ったところに野呂木の姿があった。   (つづく)
「 


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