こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

コラム・母の論理

2015年04月18日 00時32分36秒 | 文芸
「ええか、よう覚えとき。お母ちゃんに似て内弁慶のお前が社会に出たら、しんどい目にあうやろ。そやけど、無理して喋らんでええ。無口でも仕事は出来る。不言実行やがな」
 私の性格は母そのもの。他人との付き合いが苦手で、一人で何かをコツコツやっていた母の傍で育った典型的な母親っ子なのだ。
「そら一人で生きれたら一番やけど、お前は男や。社会に出なあかん。何でもええから好きになり。好きなもんは誰かて努力する。努力したら成果が出る。そしたら周りが認めてくれる。好きこそモノの上手なれ…やがな」
 箱入り娘で育ち、父を養子に迎えた母。我がままに生きて来たのは確か。その母が、挫折のさ中にいる息子を放っておけなくて口にした言葉。尋常小学校でしか学べなかった時代。女に学問は必要ないとされた時代に育った母が発する言葉。それなりに重みがあった。
「どない?学校は」
 母はわざわざ部屋に入って訊いた。敏感に私の鬱屈する気分を察したのだ。
「まあまあ、やってる」
「なんか好きなもん見つけたか?」
「え?」
 いきなりの問い掛けに母の顔を見直した。優しい笑顔が、私に向けられていた。
「好きな教科は、なに?」
「……国語……かな」
 小さい頃から本の虫だった。自分の世界に閉じこもれたから。だから国語は苦手ではなかった。特に本を朗読するのが好きだった。
「へー、すごいすごい。好きなんあるやん。よし、国語頑張って勉強しい。ええ点取れるよう努力しい。あとは、程ほどでええから」
 私は口あんぐり、母の言い分に戸惑った。通うのは工業高校電気科。さほど重要でない国語を頑張れと言う。好きだからとの理由だけで。しかも息子に好きな教科があることを素直に喜んでいる。それが嬉しかった。
 母の言葉に従って、テスト勉強は国語を中心に頑張った。すると不思議に勉強が楽しい。国語の勉強はどんどんはかどった。母の言う通り、好きになった効用だったのだろう。
 学期末の試験で国語の成績はクラスのトップ。達成感を感じた。それだけにとどまらない。次々と好きな教科が生まれた。英語、数学……電子理論、電子工学……。好きな先生、頼れる級友も出来た。相乗効果である。好きな先生の指導で校内弁論大会に優勝、地区大会の学校代表へ。さらに生徒会長に立候補して選ばれた。どんどん好きな世界が広がった。
「よかったなあ。お母ちゃんの言うた通り、好きこそモノの上手なれやろ」
 喜び過ぎてクシャクシャになった母の顔。自分の言葉を信じて実践した息子の成長が嬉しくてたまらないのだろう。そんな母がとても輝いて見えた。
 母が亡くなる前夜、病床でジーッと見つめる母の目は、まだ息子を鼓舞し続けていた。
「好きになり!そしたらうまいこと行くわ」

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