老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

575;無くて困る物

2017-11-29 16:00:46 | 老いの光影
無くて困る物

トイレットペーパーがからからと回り鳴いている音が聞こえてきた。
どの位ペーパーホルダーを回すのだろうか。
まだ音がする・・・・・
からからカラカラ・・・・

それに比べ
老人は「もったない」ということが染みつき

トイレットペーパーを2つに折るほどの慎ましい長さ。
重ね合わせたトイレットペーパーは薄く
排便後拭いた手指に
しっかりと便が付着。
お尻を拭いたペーパーを2回ほど2つ折りにし、ズボンのポケットにしまう。
ときどきポケットからそのペーパーを取り出し口を拭く。
トイレットペーパーやティッシュペーパーを入れてしまう老人の洋服やズボンのポケット。
洗濯をするときには必ずポケットのなかをチェックしないと大変な結末になり、
ちりぢりになった紙屑が衣服に纏わりつくだけならまだしも
他の洗濯物や洗濯機のなかまで紙屑だらけ。後始末が大変。

老人はトイレットペーパーやティッシュペーパーのことをちり紙(ちりし)と呼ぶ。
農村で暮らした団塊の世代ならば想像はできると思うが、
農村では板床に穴があいており、
そこを跨いで用を足すポットン便所であった
落とし紙と呼ばれた紙で尻を拭いていた。
灰色がかった紙で新聞などの紙を材料として作った紙なので活字が見え隠れしている。
いまでは到底使えない落とし紙であり、おとし紙はスーパーの商品棚に並べられているのであろうか。

昔は学校の持ち物検査では
「ハンカチとちり紙」のチェックをされたものだった。
右ポケットにハンカチ、左ポケットにちり紙、を入れていた。

小学校から自宅までは2kmほど道程があり、
便意をもよおし我慢できず、
道端の草むらに入り用を足した。
左ポケットにちり紙が入っていなかったときは、
道端に生えている蕗の葉(ふきのは)をちぎり、
それをちり紙代わりにして拭いたことがあった。
便を隠すために、また蕗の葉を使い上から覆い隠した。
そんな時代もあった(昭和30年代後半 東北、北海道の農村は貧しかった)
いまは消費生活、消費文化が豊かになってきた。
老人は呟く、
「便利な時代になったが、生活をしていくのが大変になった。
昔は不便で貧しかったが、生活はしやすかった」

ほんとにそうかもしれない




574;遠くへ行きたい

2017-11-29 11:26:52 | 歌は世につれ・・・・
遠くへ行きたい

作詞:永 六輔、作曲:中村八大、唄:ジェリー藤尾

知らない町を 歩いてみたい
どこか遠くへ 行きたい
知らない海を 眺めていたい
どこか遠くへ行きたい
遠い街 遠い海
夢はるか 一人旅
愛する人と めぐり逢いたい
どこか遠くへ 行きたい

愛し合い 信じ合い
いつの日か 幸せを
愛する人と めぐり逢いたい
どこか遠くへ 行きたい


心(気持ちが)疲れるとき
逃げ出したいとき
🎶遠くへ行きたい(^^♪の詩やメロディーを想い出す
知らない町や知らない海辺を歩いてみたい
誰も自分の過去を知らない町へ行きたい
愛する人めぐり逢うような齢(とし)ではないけれど
知らない海辺で
遥か彼方にみえる
水平線に沈む夕陽を眺めていたい

573;気になる老人(ひと) その後

2017-11-29 03:12:10 | 老いの光影
気になる老人(ひと) その後 

顔は右眼から頬にかけ
左手の背にも
浮腫みあり
オシッコ余りでず

水は余り飲まない
blog557一部再掲載〕

同居している長男夫婦は
父親(95歳)が浮腫があり
しんどそうな表情をしても
気にする様子でもなく
ましてや受診させる気も起らない

このままでは息絶えてしまう心配もあり
長男に電話をかけた
「酸素濃度も低く80を切り
呼吸も苦しく辛そうな表情なので
かかりつけ医に電話をしたら、
本人を診るので、連れてきて欲しい、
と話をされたので、これからクリニックまで
連れて行きます。
クリニックまで迎えをお願いできますか」

長男は20分後にクリニックまで来た。
肺水腫もあり、これでは呼吸も苦しいはず
ラシックスを処方され、経過観察となった。

自宅ではネグレクトがあり
十分な食事、水分が摂れてはいなかった。
家の中歩くのもようやく
ベッドに入り横に寝るわけでもなく
日中は炬燵に足を入れうずくまっているだけ

デイサービスを休み(1週間休む)続けると寝たきりになるからと
今週からデイサービスを再開

昼食だけでもバランス良い食事とカロリーを摂れることで
体に元気が戻り
また動くことで、多量の便も出た。
体がスッキリしたのか、本人も楽になった表情をみせる。

本人は「俺はもう少しで終わりだ」
みんなにお世話になった」、と呟く。

新年を迎えれるかどうか心配・・・・・。
デイサービスに行き、顔を見ると
右手を挙げ、挨拶を交わしてくれるときの笑顔に、
生きることの意味を考えさせられる。