老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

1257; ぼくらはみんな生きている

2019-10-26 04:10:43 | 歌は世につれ・・・・
ぼくらはみんな生きている

手のひらを太陽に
作詞 やなせ たかし 作曲 いずみたく

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

※2番、3番は省略

地域の中のふつうの暮らし、ノーマライゼーション

『手のひらを太陽に』の歌は
19歳のときに知った

「ぼくらはみんな 生きている」
ぼくを含めたみんなとは
ミミズ、オケラ、アメンボ、トンボ、カエル、ミツバチ、スズメ、イナゴ、カゲロウたちは
ぼくの友だち(仲間)なんだ

これをにんげんに喩えると
赤ん坊、幼な子、子ども、若者、おとな、老人、障がい児者、認知症老人、ハンセン氏病患者、民たちも
みんな同じにんげんなんだ

生きているから
笑うし 嬉しいし 悲しいこともある
生きているから 愛するんだ

誰もが 生まれた家で
住み慣れた地域の中で
ふつうの暮らしをしていきたい、と願っている

高校生のとき
差別をうけた女子高校生の叫び
「手首をカッターナイフで切ったら、真っ赤な血が流れた。あなたと同じ赤い血です」
彼女の言葉を聴いたとき
躰が震え 眼が潤んだ

「手のひらを太陽に すかしてみれば まっかに流れる」血潮
みんな同じにんげんなんだ


この歌は
ノーマライゼーションのことを
わかりやすく伝えているのでは
そんな気がする







1256; 時計は回る

2019-10-26 03:02:42 | 阿呆者
晩秋の阿武隈川上流

時計は回る

昨日、大風雨の なか
東北自動車道をキャンバス(軽自動車)を運転し
自宅に向かった

水無川と勝ってに呼んでいた川は
泥水が勢いよく流れてていた

自宅に着くと
五日間分の新聞と回覧板で
郵便ポストは溢れ
いまにも郵便物が落ちそうであった

人が居ない家は
入ったとき
冷たさとわびしさを感じた

風呂に入ったあと
行きつけの床屋に行った
老いて 髪は伸びるが 背は伸びず縮む

最後に「これでよろしいですか」、と
両開き鏡で後頭部を写しだす
普段は眼にすることができない
薄くなった後ろ髪が気になる

日曜日(10月20日)から今日まで
仕事は手つかずのまま
来週の月曜日 循環器科を受診した後
溜まりに溜まった仕事をやろう、と
南陸奥に帰る

無情にも時計の針は回り
過ぎた時間は戻らない


サタおばちゃんの処へ 昨日も面会に行った
熱は下がりホッとしたが
呼びかけには反応せず 眠り「姫」にあった