慣れぬ死
昨日逝去された葭田克さん(69歳)に会って来た。
声をかけると、今にも目を覚ましそうな感じであり、
穏やかな表情で寝ておられた。
余りにも突然の死であっただけに
妻は死んだことが受け入れられない気持ちにあった。
佐久総合病院の内科の臨床医であり作家でもある
南木佳士さんは、『からだのままに』文春文庫 のなかで
「たくさんの亡くなる人たちを見送ってきたのに、いまだ死に
関する定まった視点を持ち得ないでいる」 152頁
「他者に起こること(死)はすべてわたしにも起こりえるのだと
肌身にしみた」 152頁
「みんな、きょう死ぬかもしれない朝にも、自分が死ぬとは
思っていない。なぜなら、死のそのときまでは生きているの
だから。」 154頁
老い齢を嵩ねて来ると
他者の死を意識するようになりながらも、
自分は今日死ぬとは思っていない。
人間は生きている限りいつか死ぬ、
「死のそのときまでは生きている」
只今臨終、の言葉が浮かんだ。
いまのいままで生きていたが、いま生を終えました。
死も含め、自然のままに、生きていくことを
南木佳士さんは『からだのままに』のなかで述べられている。
多くの人の死に立ちあっても
慣れぬ死
他人の死に慣れてはいけない
昨日逝去された葭田克さん(69歳)に会って来た。
声をかけると、今にも目を覚ましそうな感じであり、
穏やかな表情で寝ておられた。
余りにも突然の死であっただけに
妻は死んだことが受け入れられない気持ちにあった。
佐久総合病院の内科の臨床医であり作家でもある
南木佳士さんは、『からだのままに』文春文庫 のなかで
「たくさんの亡くなる人たちを見送ってきたのに、いまだ死に
関する定まった視点を持ち得ないでいる」 152頁
「他者に起こること(死)はすべてわたしにも起こりえるのだと
肌身にしみた」 152頁
「みんな、きょう死ぬかもしれない朝にも、自分が死ぬとは
思っていない。なぜなら、死のそのときまでは生きているの
だから。」 154頁
老い齢を嵩ねて来ると
他者の死を意識するようになりながらも、
自分は今日死ぬとは思っていない。
人間は生きている限りいつか死ぬ、
「死のそのときまでは生きている」
只今臨終、の言葉が浮かんだ。
いまのいままで生きていたが、いま生を終えました。
死も含め、自然のままに、生きていくことを
南木佳士さんは『からだのままに』のなかで述べられている。
多くの人の死に立ちあっても
慣れぬ死
他人の死に慣れてはいけない