東京オリンピックから50年。新幹線開業から50年。 50年前ってずいぶん昔だ。当時7歳。
たしか、オリンピックの前の年のクリスマスに初めて我が家にテレビが来た。
初めて見たのは 大瀬康一の隠密剣士?ポパイ?わずかな記憶だが覚えている。
それより以前の記憶では、囲炉裏とかまどでの煮炊き。プロパンガスも無かった時代。
春先の沢に雪のあるうちに斜面の木を切って束ねて蒔きにする作業、「春木山」。
学校から帰ると井戸から手漕ぎのポンプで水を汲んで薪をたいて風呂を沸かすのが小学校のころの役目だった。
蒔きは ボイ と呼んだ。
まるで おしん の幼年期の様子とほぼ同じ暮らしを覚えている。
その同時期の東京では新幹線が開業し、首都高速が走り、東京オリンピックが開催されていた。
東京と田舎ではそんなに違っていたのだ。
それから20数年後にはターボ付きエンジンのスポーツセダンに乗ってゴルフに行っていた。
高度成長期には一気に都会と田舎の差は無くなって行った。
また今は、、、、都会には人も産業も集まり、山間地は高齢化と過疎化が進んでまた差が広がっていく。
時代は繰り返す、、、、この先がどうなるのか。
平成14年、10月29日に初雪が降った。
その日30万本以上のユリが雪の下敷きになった。
その年は秋陽気が悪く、冷たい雨の日が続き生育は遅れていた、、、、そこに早すぎる雪。
平成14年の雪の写真。
今年は2月に関東甲信地方に異常な量の雪が積もった。 取り返せないようなダメージが残った。
異常な大雨が各地を襲う、、、、広島土砂災害、、、、御岳山噴火、、、、
9月に入ってすぐ朝の気温が10度そこそこまで下がってユリの生育が一気に遅れている。
悪いイメージが頭をよぎって、今日からハウス暖房を始めた。(ヒートポンプはずっと前から)
予定の無かった雨よけハウスまで暖房機を入れた。と言うか、それを見越して最後のカサブランカは電源の有る家の後ろに植えた。
平成16年、台風が10個日本に上陸した年。
6月に最初の台風が来て寒冷紗を剥いで縛った。
秋までになんと7回。秋になると寒冷紗だけではなく保温のビニール被覆も。
7回も対策に追われた、、、、そして10月23日、中越地震。
震源地近くは120cmもドカンと隆起してドカンと落ちる縦揺れだったとか。
大きな余震も数多く、ハウスが蛇のように蛇行した。
そしてその冬は大雪で多くのハウスが倒壊。トラウマと負債が残った。
昨日の台風進路予想。これぞ直撃コース。
今日は若干南にづれてくれる予想に変わった。
でも、、、消費地がつぶれても農業には大被害なのだ。
昔のことを言えば悪いイメージの方が強い。
されどされど今年やることをやらなければ来年が無い。
もう来年のことを考えながら仕事をする時期になっている。