荒木の三十番神社の南の通りある石地蔵。以前なら何気なく通りすぎてしまうところですが、郷土歴史に興味を持ちはじめて以来、こうしたものに目をむけずにはいられなくなりました。由緒書きによれば江戸初期の頃から信仰に暑い者により、地蔵様が立てられたとありますが、以来数百年地域の信仰となっているとあります。石地蔵は「野の仏」と呼ばれ、地蔵は大地が万物を育成する徳のことを指しているとされます。地蔵菩薩は六道の衆生を罪苦より救うことを意味します。六道とは地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の六所で衆生が各々の諸行により赴く所だそうです。
また、地蔵は閻魔王の本地仏とされ、地蔵を信仰すれば現世の苦悩を救うだけではなく、地獄に堕ちてもなお、その苦しみから免れると信じてこられたそうです。
一定の住まいを持たない地蔵は、六道にさまよえる者全てを救い、自身も六道を住みかとして永遠に回り続ける。よって何処ぞの世界に迷っても必ず地蔵は待ってくれるものだとされます。
これほどまで深い民間信仰はあまりないとされています。
また、地蔵は閻魔王の本地仏とされ、地蔵を信仰すれば現世の苦悩を救うだけではなく、地獄に堕ちてもなお、その苦しみから免れると信じてこられたそうです。
一定の住まいを持たない地蔵は、六道にさまよえる者全てを救い、自身も六道を住みかとして永遠に回り続ける。よって何処ぞの世界に迷っても必ず地蔵は待ってくれるものだとされます。
これほどまで深い民間信仰はあまりないとされています。