皿尾城の空の下

久伊豆大雷神社。勧請八百年を超える忍領乾の守護神。現在の宮司で二十三代目。郷土史や日常生活を綴っています。

石地蔵は地の恵み

2017-05-22 21:43:16 | 神社と歴史 忍領行田
荒木の三十番神社の南の通りある石地蔵。以前なら何気なく通りすぎてしまうところですが、郷土歴史に興味を持ちはじめて以来、こうしたものに目をむけずにはいられなくなりました。由緒書きによれば江戸初期の頃から信仰に暑い者により、地蔵様が立てられたとありますが、以来数百年地域の信仰となっているとあります。石地蔵は「野の仏」と呼ばれ、地蔵は大地が万物を育成する徳のことを指しているとされます。地蔵菩薩は六道の衆生を罪苦より救うことを意味します。六道とは地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の六所で衆生が各々の諸行により赴く所だそうです。
また、地蔵は閻魔王の本地仏とされ、地蔵を信仰すれば現世の苦悩を救うだけではなく、地獄に堕ちてもなお、その苦しみから免れると信じてこられたそうです。
一定の住まいを持たない地蔵は、六道にさまよえる者全てを救い、自身も六道を住みかとして永遠に回り続ける。よって何処ぞの世界に迷っても必ず地蔵は待ってくれるものだとされます。
これほどまで深い民間信仰はあまりないとされています。
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日蓮宗と法華神道

2017-05-22 13:58:05 | 神社と歴史 忍領行田
行田市荒木地区にある三十番神社。現在多くの神社は神社本庁に属する形態ですが、単立の神社だと思います。歴史の教科書で習いましたが、鎌倉時代に日蓮によって開かれた日蓮宗は、他宗派に対し攻撃的だったと言われます。しかし神道に対しては信仰が厚く、天照大神と八幡大菩薩を曼陀羅の中に勘請するなどしています。(法華神道)その中心思想が三十番神思想と言われ、熱田、諏訪、伊勢、八幡、春日など、三十柱の神様が日蓮宗の法華経と信者を守るという信仰です。
これに対して、京都の吉田神道の吉田兼倶が「三十番神は天台宗の踏襲か」との質問を出し、日蓮宗が否定するという論争があったとされます。神道というとどちらかというと、あらゆるものに寛容な印象がありますが、ながら歴史のなかでは、多くの宗派が論争を起こしてきました。境内地は杉林が広がり、また地区会館も併設されています。形態に関わらず、地域の信仰として大切に受け継がれているようです。私は学生時代神社実習として、京都吉田神社にいきました。
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