(1)原発立地において「地元」の範囲はどこまでか。
4月3日、北海道函館市は、電源開発(東京)による大間原発(青森県大間町)の建設差し止めを求め、国と事業者(電源開発)を提訴した【注】。
(2)大間原発建設地から函館市まで最短23km、海上に遮蔽物はなく、晴れた日には函館市役所本庁舎から大間原発の工事現場から伸びる大型クレーンを肉眼で確認できるほどだ。
大間原発の最大の特徴は、「フルMOX」仕様であることだ。原発の運転経験のない電源開発が、核分裂反応を制御しにくいとされるMOX燃料を全炉心で使うことを目指す世界初の商業炉を稼働させることに、原子力規制委員会委員からですら「経験のなさを心配している」と懸念する声が上がる。
過酷事故が起これば、函館も甚大な被害を受けるだろう。函館は海に囲まれ、避難するには北上するしかない。だが、避難路として使える幹線道路は1本きりで、この道路も連休ごとに渋滞を繰り返す。函館市民27万人がすべて避難可能な、実効性ある避難計画を策定することは事実上不可能だ。
福島第一原発事故後、大間原発は函館市民にとって生活の根幹を揺るがす脅威となった。
(3)国は、防災重点区域を原発から半径8~10km圏(防災対策重点地域=EPZ)から同30km圏(緊急防護措置区域=UPZ)に拡大し、事故を前提とした原子力防災計画と避難計画の策定を義務づけた。
だが、原発の建設や再稼働における同意・不同意の意思を表明する権限があるのは、福島第一原発事故以前に指定されたEPZ内にある「立地自治体」とその都道府県に限られる。
函館市は、建設に同意していないし、説明会を開くよう要望しても受け入れられず、意見を言う場もない。何の情報も得られないのに、避難計画策定の義務は負わされる。リスクだけを押し付けられ、理不尽だ。UPZ内の周辺自治体にも同意・不同意の意思表明をする権限を与えるべきだ。【工藤寿樹・函館市長】
(4)函館市が裁判で明らかにしたいのは、政府の原発政策のずさんさだ。原発の安全確保や事故が起きたときの責任の所在が国なのか、原子力規制委員会なのか、事業者なのか、現時点ではきわめて曖昧なままだ。次の(a)と(b)に見られるように、互いに責任逃れしている。
(a)田中俊一・原子力規制委員会委員長・・・・原子力規制委員会の審査は、基本的に新規性基準に適合しているかのみ判断するとし、「絶対安全という意味で安全というなら、私どもは否定する」。【3月26日、定例会見】
(b)管義偉・官房長官・・・・函館市の提訴を受け、「原子力規制委員会によって(大間原発の)安全性が確認された段階で、立地自治体などの関係者の理解を得るために、事業者が丁寧な説明を行うことはもちろん、国としてもしっかり安全性を説明したい」。【4月3日、記者会見】
(5)工藤市長が「最終手段」だという司法の場での問題提起は、次の3点に絞られる。これは原発再稼働に揺れる全国の周辺自治体も同様に抱える問題で、代理人(河合弘之・弁護士)も、函館市に追随し、他の周辺自治体も訴訟を提起することに期待を込める。
(a)避難計画を義務付けられる30km圏内に同意権を拡大すること。
(b)建設や稼働にあたっては、実効性のある有効な避難計画の策定が可能か、事前に検証し、原子力規制委員会の新規性基準の適合審査のなかで避難計画についても審査すべきだ。避難が困難な地域には原発を建設すべきではない。
(c)原子力規制委員会の新規性基準の適合審査をクリアするまでは、大間原発の建設を中断すべきだ。
(6)自治体による提訴には、地方自治法によれば議会で出席議員の過半数の賛成による議決が必要だ。函館市による提訴承認を求める議決では、2人の退席者があったが、全会一致で可決した。工藤市町が、立場の異なる市議と2年半かけて議論を重ねた結果だ。
函館市の提訴を、市民はおおむね支持する。特に観光と水産が主要業の函館では、風評被害によるダメージも大きい。
函館市が訴訟費用に充てるための寄付を募ったところ、4月21日までに1,650万円集まった。
水産業では実害も起こり得る。昨夏は海水温が上がり、特産のイカの不漁が続いた。原発稼働に伴い、温排水が海に放出されれば、さらに海水温が上がる。マグロはイカを追って津軽海峡に来る。イカの不漁はマグロの不漁にもつながる。全国区になった戸井マグロの水揚げの行方が懸念される。
(7)係争中も原発の建設は進む。裁判が長期化すれば、判決より先に稼働する恐れもある。
函館市の提訴に先立ち、2010年7月に国と電源開発を相手に函館地裁に提訴dした住民訴訟は、まだ終わりが見えない。民事裁判では原告に立証責任を重く課しているに加え、建設地周辺に活断層がある可能性について論証するなど、専門分野に深く入り込み、裁判を長引かせている。
函館市もその点を危惧し、「行政手続きの不備を突くことが、自治体が提訴した意義につながる」と争点を絞ることに決めた。
原発稼働が目前に迫るなど、切迫した状態になれば、建設差し止めを求める仮処分申請も視野に入れるというが、実効性は定かではない。
初弁論は、7月初旬に開かれ、工藤市長も意見陳述する予定だ。
【注】池澤夏樹「「(終わりと始まり)函館の憤怒・日本の不幸 原発、合理の枠から逸脱」」(朝日新聞デジタル 2014年5月13日)
□松嶋加奈「自治体初 函館市の大間原発建設差し止め訴訟」(「世界」2014年6月号)
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4月3日、北海道函館市は、電源開発(東京)による大間原発(青森県大間町)の建設差し止めを求め、国と事業者(電源開発)を提訴した【注】。
(2)大間原発建設地から函館市まで最短23km、海上に遮蔽物はなく、晴れた日には函館市役所本庁舎から大間原発の工事現場から伸びる大型クレーンを肉眼で確認できるほどだ。
大間原発の最大の特徴は、「フルMOX」仕様であることだ。原発の運転経験のない電源開発が、核分裂反応を制御しにくいとされるMOX燃料を全炉心で使うことを目指す世界初の商業炉を稼働させることに、原子力規制委員会委員からですら「経験のなさを心配している」と懸念する声が上がる。
過酷事故が起これば、函館も甚大な被害を受けるだろう。函館は海に囲まれ、避難するには北上するしかない。だが、避難路として使える幹線道路は1本きりで、この道路も連休ごとに渋滞を繰り返す。函館市民27万人がすべて避難可能な、実効性ある避難計画を策定することは事実上不可能だ。
福島第一原発事故後、大間原発は函館市民にとって生活の根幹を揺るがす脅威となった。
(3)国は、防災重点区域を原発から半径8~10km圏(防災対策重点地域=EPZ)から同30km圏(緊急防護措置区域=UPZ)に拡大し、事故を前提とした原子力防災計画と避難計画の策定を義務づけた。
だが、原発の建設や再稼働における同意・不同意の意思を表明する権限があるのは、福島第一原発事故以前に指定されたEPZ内にある「立地自治体」とその都道府県に限られる。
函館市は、建設に同意していないし、説明会を開くよう要望しても受け入れられず、意見を言う場もない。何の情報も得られないのに、避難計画策定の義務は負わされる。リスクだけを押し付けられ、理不尽だ。UPZ内の周辺自治体にも同意・不同意の意思表明をする権限を与えるべきだ。【工藤寿樹・函館市長】
(4)函館市が裁判で明らかにしたいのは、政府の原発政策のずさんさだ。原発の安全確保や事故が起きたときの責任の所在が国なのか、原子力規制委員会なのか、事業者なのか、現時点ではきわめて曖昧なままだ。次の(a)と(b)に見られるように、互いに責任逃れしている。
(a)田中俊一・原子力規制委員会委員長・・・・原子力規制委員会の審査は、基本的に新規性基準に適合しているかのみ判断するとし、「絶対安全という意味で安全というなら、私どもは否定する」。【3月26日、定例会見】
(b)管義偉・官房長官・・・・函館市の提訴を受け、「原子力規制委員会によって(大間原発の)安全性が確認された段階で、立地自治体などの関係者の理解を得るために、事業者が丁寧な説明を行うことはもちろん、国としてもしっかり安全性を説明したい」。【4月3日、記者会見】
(5)工藤市長が「最終手段」だという司法の場での問題提起は、次の3点に絞られる。これは原発再稼働に揺れる全国の周辺自治体も同様に抱える問題で、代理人(河合弘之・弁護士)も、函館市に追随し、他の周辺自治体も訴訟を提起することに期待を込める。
(a)避難計画を義務付けられる30km圏内に同意権を拡大すること。
(b)建設や稼働にあたっては、実効性のある有効な避難計画の策定が可能か、事前に検証し、原子力規制委員会の新規性基準の適合審査のなかで避難計画についても審査すべきだ。避難が困難な地域には原発を建設すべきではない。
(c)原子力規制委員会の新規性基準の適合審査をクリアするまでは、大間原発の建設を中断すべきだ。
(6)自治体による提訴には、地方自治法によれば議会で出席議員の過半数の賛成による議決が必要だ。函館市による提訴承認を求める議決では、2人の退席者があったが、全会一致で可決した。工藤市町が、立場の異なる市議と2年半かけて議論を重ねた結果だ。
函館市の提訴を、市民はおおむね支持する。特に観光と水産が主要業の函館では、風評被害によるダメージも大きい。
函館市が訴訟費用に充てるための寄付を募ったところ、4月21日までに1,650万円集まった。
水産業では実害も起こり得る。昨夏は海水温が上がり、特産のイカの不漁が続いた。原発稼働に伴い、温排水が海に放出されれば、さらに海水温が上がる。マグロはイカを追って津軽海峡に来る。イカの不漁はマグロの不漁にもつながる。全国区になった戸井マグロの水揚げの行方が懸念される。
(7)係争中も原発の建設は進む。裁判が長期化すれば、判決より先に稼働する恐れもある。
函館市の提訴に先立ち、2010年7月に国と電源開発を相手に函館地裁に提訴dした住民訴訟は、まだ終わりが見えない。民事裁判では原告に立証責任を重く課しているに加え、建設地周辺に活断層がある可能性について論証するなど、専門分野に深く入り込み、裁判を長引かせている。
函館市もその点を危惧し、「行政手続きの不備を突くことが、自治体が提訴した意義につながる」と争点を絞ることに決めた。
原発稼働が目前に迫るなど、切迫した状態になれば、建設差し止めを求める仮処分申請も視野に入れるというが、実効性は定かではない。
初弁論は、7月初旬に開かれ、工藤市長も意見陳述する予定だ。
【注】池澤夏樹「「(終わりと始まり)函館の憤怒・日本の不幸 原発、合理の枠から逸脱」」(朝日新聞デジタル 2014年5月13日)
□松嶋加奈「自治体初 函館市の大間原発建設差し止め訴訟」(「世界」2014年6月号)
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