語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【保健】恐竜も腫瘍を患う ~癌は進化の宿命~

2016年08月08日 | 医療・保健・福祉・介護
  
 Image: M. Dumbrav

 (1)総合科学の専門誌「Scientific Reports」に「恐竜の化石から腫瘍が見つかった」との報告【注】が掲載された。その恐竜は、「テルマトサウルス・トランスシルヴァニカス」。
 中生代の白亜紀後期(1億~6,600万年前)に生息した「ハドロサウルス科」に属する植物食恐竜で、日本ではカモノハシ恐竜としても知られる。

 (2)検査対象は、20世紀にルーマニア・トランシルバニア地方の「恐竜の谷」で発見された下顎の化石。表面的に骨の変形が認められていたが、今回、マイクロCT検査で作成された3D画像を使った確定診断が行われたのだ。
 その結果、「この恐竜は、エナメル上皮腫を患っていた」という診断が下された。
 エナメル上皮腫は、顎の骨の中に発生する良性の腫瘍で、むろん、ヒトも罹患する。生命に影響はないが、腫瘍の周りの骨の表面が紙のように薄くなり、ちょっと指押してもペコリとくぼむ。奥歯付近に発生するケースが多く、噛む行為に影響が出てくる。

 (3)植物食恐竜の場合、一日中硬い草木をモグモグする必要があったと推測され、顎の骨の腫瘍は「患者(恐竜)」の食行動にも少なからず影響しただろう。この恐竜も思うように栄養を摂れず、弱ったところを肉食恐竜に襲われたかもしれない。
 「腫瘍」「癌」というとなんとなくヒトの専売特許のおうに思われるが、ほかの哺乳類は無論のこと、爬虫類や魚類も腫瘍を患う。それも、良性の腫瘍ではなく、周りの組織に浸潤し、他の臓器に転移する「悪性」腫瘍=癌を発症して死に至ることもある。

 (4)一説によれば、脊椎動物は進化の過程で「癌化」という宿命を背負った。生体組織の複雑さが増すほど、細胞の増殖時にコピーミスやエラーが増え、癌化リスクが増大するというのだ。
 ちなみに、無脊椎動物の昆虫や貝類、植物でも腫瘍の発生は認められるが、癌化するかどうかは定かではない。果たして線引きはどこなのか。 

 【注】
論文:Mihai D. Dumbrav?, et.al. "A dinosaurian facial deformity and the first occurrence of ameloblastoma in the fossil record" (2016)
恐竜にも腫瘍ができると判明(2016.7.19配信)

□井出ゆきえ(医学ライター)「自由研究テーマにいかがですか?/恐竜も腫瘍を患います ~カラダご医見番・ライフスタイル編 No.312~」(「週刊ダイヤモンド」2016年8月13・20日合併号)
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【櫻井よしこ】容易に匿名報道に走るメディアの問題 ~相模原の知的障害者支援施設殺害事件~

2016年08月08日 | 社会
 (1)どこまで皆で情報を共有できるか。
 この点が民主主義の基本であり、比類なく大事な価値観だ。
 その上で、メディアは情報をどう扱うべきかという問題がある。特定の情報を公開するのか否かを含めて、情報の扱い方はその社会、あるいは国家の成熟度と知性の程を示す。
 私たちの社会は情報の共有と扱いにおいてどこに位置するのか。そんな問題意識で現状を見るとおかしなことだらけだ。

 (2)障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律第5条第11項に定める障害者支援施設「津久井やまゆり園」で、植松聖容疑者(26歳)に殺害された被害者19人の基本的情報が、氏名を含めて公開されていない。神奈川県警が、遺族の意見を聞いて非公開とした、という。
 田島泰彦・上智大学教授がその当否を問う。「情報管理者である神奈川県警にそこまでの権限を与え、メディアが全く取材できない状況をつくり出してよいのか、疑問です」
 氏名不詳では取材もできない。残虐非道な犯罪で命を落とした人びとは、「数としての犠牲者」のまま、やがて忘れ去られていきかねない。
 だが、大事なことは、こんな犯罪によって大事な命がどれだけ失われたのか、知的障害を抱えながら一人一人の被害者がどのように一生懸命に生きていたのか、その一人一人が家族にとってどれほど大事な存在だったのか、家族はどうやって寄り添い、そこにどんな苦労と喜びがあったのか、などだ。
 多様な人びとの多様な人生の大切さをメディアが報じ、皆で共有することが、残虐な犯行に打ち勝ってより良い社会を築いていく力となる。
 「その意味で、今回の事件は、情報管理者である神奈川県警の情報秘匿の問題と同時に、メディアの報道姿勢についても考えさせられます。メディアは警察情報の全てを発表してよいわけではなく、取材をした上で、報道に際してはメディア側に慎重かつ自制的姿勢が求められます」【田島教授】
 あまりに残虐な今回の事件では、とりわけ落ち着いた取材と報道が求められる。家族の話を聞き、何を報道するのかしないのかの選択をきちんとすべきであり、匿名報道の選択肢はそこに初めて出てくる。被害者名非公表という究極の匿名は、情報管理者である警察ではなく、メディアが決めるべきだ。

 (3)では、メディアにその選択を任せられるのか。メディアはその点で信頼されているのか。
 率直に言って「まだら模様」だ。
 匿名報道は、本来、容易になされてはならず、実名公表によって理不尽な被害が生じるときに限られるべきだ。その判断は、取材する側が、自らのジャーナリスト声明をかけるほどの覚悟で下すものだ。容易な匿名報道もその逆の容易な実名報道も、いずれも報道の健全性を損なう。

 (4)今回の事件について県警の情報秘匿を批判するメディアだが、彼らも容易に情報を隠しているのではないか。
 テレビの画面を注意してご覧いただきたい。事件や気軽なアンケート調査でもよい。画面に登場する「首なし人間」に気づくはずだ。
 コメントする者の顔も見せない。むろん名前も年齢層も不明のままだ。そういうよく分からない人びとの意見をテレビは多用する。容易な首なし人間の登場はジャーナリズムの危機だ。テレビだけでなく雑誌も同様で、匿名の意見は多々登場する。

 (5)匿名報道はメディアにとって都合がよい。極端な場合、取材意図に合わせて捏造することだって可能だ。だからこそ、メディアの信頼のために、匿名報道は心して避けなければならない。
 にもかかわらず、そうした報道が目につくのが日本のメディアの現状であることを強調しなければならない。
 今回の事件は、情報を出す側にも情報を取って報ずる側にも、多くの問題を突き付けた。

□櫻井よしこ「相模原の障害者施設殺害事件が突き付けた容易に匿名報道に走るメディアの問題 ~オピニオン縦横無尽No.1145~」(「週刊ダイヤモンド」2016年8月13・20日合併号)

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 【参考】
*【櫻井よしこ】南シナ海問題で国際法無視の中国 ~
【櫻井よしこ】中国、裁定直後フィリピンを恫喝 ~強める軍事的色彩~
【櫻井よしこ】南シナ海問題で完敗でも拒否する中国 常軌を逸した習近平体制の暴走
【櫻井よしこ】米でも絶賛の中国の要人が豹変 ~永遠なのは国益~
【櫻井よしこ】西側は自国第一主義を深め、中国は民主主義の限界に自信を深める ~英国のEU離脱~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~