陽炎より手が出て握り飯掴む 高野ムツオ
3・11は、「俳句に何ができるか」という問いを突きつけた。時事を詠むのは俳句では難しい、とずっと否定的に思っていた。が、今回の震災は時事とはちょっと違うかな、という感じを強くもった。民族の記憶に刻まれるような体験だ。「俳句」2011年5月号の高野作品をみて、やはり俳句で震災に真っ正面から向き合えるのだ、と強く印象づけられた。掲句は、多分、避難所の情景を詠んだもの。握り飯に集まった人たちの思わぬところから手が出てくる。もしかすると生きていない人の手かもしれないという、恐ろしさと同時に人間の切なさが、ある種、ユーモアを交えて描かれているところに感激した。同じ「特別作品21句」の中の<瓦礫みな人間のもの犬ふぐり>もそういう印象を受けた。【小川軽舟】
こういう時に俳句に何ができるか。やはり限られているところがある。詠みたいものにどういう形式がふさわしいかは、各人の選択の自由だ。長谷川櫂が4月に出した『震災歌集』は、長谷川のジャーナリストとしての正義感が騒いだんだ、と思う。「原子炉が火を噴き灰を散らすともいまだ現れず東電社長」・・・・こういう正義感の表明みたいなことは確かに俳句には向かないが、<高野さんの句を見ると逆に、俳句では何がやれるのかがくっきり見えたような気がしました。>【小川】
夏萩やそこから先は潮浸し 友岡子郷
海よ贖へと風鈴鳴りゐたり 子郷
野蒜に花喪服のひとり佇ちつくす 子郷
第一句、第二句、海に対して糾弾しているような強い調子だ。第三句、時間の経過が季題によって表されている。たった一人の「喪服」の人を詠んだことで、まだまだ心を痛めている人の存在が見えてくる。【西村和子】
友岡は阪神淡路大震災を経験している。直下型で一気に都市が崩れ落ちた地震と、今回のみちのくのほとんどの海岸線が津波に侵され、国土そのものが失われたような地震とはずいぶん性格が違うところがある。【小川】
しかも、東北であるということ。土地柄、土地の歴史みたいなものもあるし、いろいろな思いが複雑にある。【対馬康子】
短夜の赤子よもつともつと泣け 宇多喜代子
高野あるいは友岡のような作り方もあれば、地震に対する思いを地震という表面的なことではなくて自分の体の底まで沈めてから出してきたのが掲句だ。【小川】
<新しい生命をけしかけているような。これは地震と全く関係なくても、すごくインパクトのある句です。>【西村】
でもやはり、地震の年に詠まれた句ということとともに記憶したい句だ。【小川】
瓦礫の石抛る瓦礫に当たるのみ 高柳克弘
サンダルをさがすたましひ名取川 克弘
瓦礫より春星よ湧け言葉出よ 克弘
地震も津波も自然の一部だと言っても、あの瓦礫の山を見ると、俳人と自然との接点は季語で結ばれているとは思うが、季語って何なんだろう、ということを問われる感じはした。第一句、やはり有季では被災地に立った思いが詠みきれない、ということだ。第二句も。名取川は歌枕だ。【小川】
感情が先に立って、季語を入れるとか季語を詠むというところまで意識がいかなくなるのかも。【対馬】
地震や津波の被害という現実と、そこに残された人間そのものがあるだけで、それを包んでくれる自然がない、という感じだ。【小川】
第三句、俳人としての祈りだ。【西村】
今回、地震直後の句でたくさん見たのが「春の地震」だ。それで季語が入っている、というのはどんなものか。【小川】
俳句には季語があらねばならぬ、と思っていたが、目の前のものを俳句表現で詠みたい時、容易に「春の地震」などと言うのではなく、むしろ無季のほうが自分の作句衝動にふさわしいと思われる時があるのではないか。こういう時にこそ、私たちはもう一回考えなければならない。【西村】
舟虫やはらわた抜けし家ばかり 小川軽舟
復興計画の仕事があって、被災地にたびたび出かけた。掲句は石巻だ。【小川】
やはり現地に立った時と東京に居る時では気持ちに差がある。俳句は単に情景を描写するだけのものではないから、どこに居ても心情が、自分の俳句のスタンスというのができるのは確かだ。でなきゃいけない。【対馬】
加藤周一は、『日本文学史序説』でいう。日本人は精緻な哲学は書かなかったが、文学の中で充分に思想を表現した。不変の真実ではなく移ろうものを扱うなら文学の方が、なかんづく和歌や俳句などの短い詩が、ずっとふさわしい形式だろう。・・・・そのとおりだ。【西村】
だからこそ、季語というものがある。移ろうもののことばとして、死生観に直結した詩の認識として季語があるのかもしれない。【対馬】
俳句とか短歌は、その時のことしか言えない。でも、その時のことを言っておく、ということが大切だ。【西村】
季語は、その人その人の記憶だ。だから、今回、季語を入れずに詠まざるをえない心境というのはすごい状況だ。【対馬】
以上、西村和子/対馬康子/小川軽舟「合評鼎談 今年の秀句、そして諸問題」(「俳句年鑑2012」、角川書店、2011)に拠る。
【参考】「【震災】東日本大震災を俳人はどう詠んだか」
「【震災】原発事故を俳人はどう詠んだか」
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