母は私とは違った。
多くの人、全ての人と仲良く。
某教徒のような考え方をしていた。
人は仲良くするのが、人として正しい生き方だ。
話せば解り合える。
真実は一つだから・・・
みたいな・・・
持病の一つは、そういう無理から生まれている。
長年母を治療していて、そう思った。
母は正しさに自分を無理やり押し込める。
ところが、人間はそういう風に出来ていない。
何より、正しさが判断できない。
そして、心も身体も多種多様で成り立っている。
だから一つの正しさに押し込めると歪みが生じる。
何かにこだわるのは仕方ない。
個性ある人間だもの。
だが、生真面目にこだわり続けると歪みは苦しみになる。
苦しみを続けると、病に発展する。
もっと、やわらかく生きれば、苦しみは減少する。
母は、私と違って、真面目だった。
その真面目さから抜け出られなかった。
良悪や正誤をいってるのではない。
そういう生き方を選んでいたのだ。
親子といえども、人それぞれの生き方だ。
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