2022年8月19日(金)大分市出張二日目、大分市の中央通りを歩く。
10時57分、赤レンガの建物を発見
趣がある。恐らく明治が大正あたりの建物だろう。
撮影した場所は赤レンガ通りという片側式アーケード
建物は 大分銀行赤レンガ館 だった。
1913(大正2)年、旧二十三銀行、現大分銀行本店として建てられ、1966(昭和41)年8月本店移転後は府内会館という貸しホールになった。1996(平成8)年12月20日、国指定登録有形文化財となる。設計は東京駅など手掛けた、かの有名な辰野金吾。2018(平成30)年内装を改修、地場産品販売店やカフェが入居し現在に至る。
入ろうと思ったが、作業着姿に安全靴、リュックを下げたハゲおやじが入るのは憚られたのでやめておいた。
赤レンガ館の前には裸婦像もあった。ラ・メール(海)1962年作 高田博厚と銘板にあった。
芸術は全く不勉強ゆえ、高田博厚というを知らなかったので帰宅後調べたら著名な彫刻で、適当にシャッターを押した己の不明を恥じたのであった。
10時57分、赤レンガの建物を発見
趣がある。恐らく明治が大正あたりの建物だろう。
撮影した場所は赤レンガ通りという片側式アーケード
建物は 大分銀行赤レンガ館 だった。
1913(大正2)年、旧二十三銀行、現大分銀行本店として建てられ、1966(昭和41)年8月本店移転後は府内会館という貸しホールになった。1996(平成8)年12月20日、国指定登録有形文化財となる。設計は東京駅など手掛けた、かの有名な辰野金吾。2018(平成30)年内装を改修、地場産品販売店やカフェが入居し現在に至る。
入ろうと思ったが、作業着姿に安全靴、リュックを下げたハゲおやじが入るのは憚られたのでやめておいた。
赤レンガ館の前には裸婦像もあった。ラ・メール(海)1962年作 高田博厚と銘板にあった。
芸術は全く不勉強ゆえ、高田博厚というを知らなかったので帰宅後調べたら著名な彫刻で、適当にシャッターを押した己の不明を恥じたのであった。