五ヶ山ダムの運用開始まで2年を切り、現場では堤体工事が終了し周辺整備がはじまっている。那珂川町では「五ヶ山ダム展示会」を開催するなど、ダムの観光資源化に向けた動きもある。その展示会を見てあらためて失われたものの大きさを思い知らされた。3年前にも五ヶ山ダム事業でこの問題を取り上げているが、今回あらためて、民主党政権下で実施されたダム検証において、福岡県が国に提出した報告書を私なりに検証してみた。五ヶ山ダムは本当に必要だったのか、その答えがここにあった。
◆最初から「ダムありき」
「コンクリートから人へ」をスローガンに政権交代を果たした民主党政権時、2010年9月27日、国土交通省は「ダム事業の検証に係る検討について」を発表し、各自治体へダム事業の検証作業を行うよう要請した。 その際、各自治体に対して「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」に基づいて検証するよう要請している。その要綱に従って、福岡県が国に提出したのが「五ヶ山ダム事業検証に関する検討結果報告書」(下参照)である。そもそも、検証主体が国交省(直轄ダムは地方整備局、補助ダムは都道府県)で、事業推進者が主導しているところに問題があるわけで、最初から「ダムありき」なのである。
◆公開性に疑問
報告書によると、福岡県は検証を進めるに当たって「検討の場」を公開し、パブリックコメントを実施するなど広く県民の意見を募集したとあるが、まさに寝耳に水、こちらは承知していない。住民説明会は3回開催されているが(平成22年12月15日博多区・12月16日那珂川町・12月17日南区)、那珂川町はきちんと周知されていたのか88名が出席。それに対し、福岡市は博多区12名、南区16名とかなり少ない。果たして福岡市はきちんと情報を発信していたのか、その形跡が見当たらないのだ。そもそも福岡市の水不足を第一理由に掲げ、ダム建設が進められているのだから、福岡市がこれらの情報を発信するのは当然で、県任せというのは怠慢としか言いようがない。さらに言えば、なぜ南区と博多区だけなのか。那珂川流域の地区だけ選んでいるようだが、当然全区でやるべきだろう。ちなみに説明会の出席者からは、ダム建設に疑問の声が多く上がっている。またパブコメに関しては、わずか5件。県はきちんと周知していたのか。パブコメ期間を短くして、できるだけ県民・市民に知らせないで事を済まそうとしたのではないか。大いに疑問が残る。また、各首長(福岡市長、那珂川町長、福岡市水道事業管理者他)の意見を聞く「検討の場」も2回ほど設けられているが、これが検討どころか急いで建設を進めるよう要求しているから話にならない。まさに「検討の場」が「ダム推進の場」となっている。
◆学識経験者の意見は生かされず
報告書の中で唯一、目を引くものがあった。それが学識経験者による意見聴衆。報告書によると、4名の学識経験者(河川工学・水産学・環境水工学・環境工学)から意見を聞く場が3回ほど設けられているが、識者からは県が示した方策案(代替案)や利水根拠に対し、疑問の声が上がっている。さらに環境への影響を指摘する声もある。ここは看過できないところで、詳しく紹介したい。(下資料5-12参照)
国が各自治体へ要請したダム検証というのは、複数の対策案を出して、治水面と利水面において評価軸ごとに評価、さらに目的別に評価、それらを総合的に評価した上で最終案を提出するというもの。この部分は枚数にして248ページに上り、専門的な知識を必要とするところで報告書の大半を占める。そこで、それらをまとめた結果表を見ると、コスト以外は現計画案(五ヶ山ダム案)と対策案(代替案)はほぼ互角。利水面では、むしろ対策案のほうが優れている。気になる環境面を見ると、利水・治水ともに対策案のほうが優れている。現計画案では、水質や水温への影響が想定されているにもかかわらず、具体策はない。これには識者から疑問の声が上がっている。当然だろう。 ※対策案というのは、脊振ダム再開発や南畑ダムの有効利用、海水淡水化案など組み合わせたもの(下資料4-247、4-92参照)
注目すべき意見がある。それは、五ヶ山ダム事業が、福岡市で発生した昭和53年の大渇水を基準に計画されていることを指摘したもの。まさに五ヶ山ダム事業の急所だ。昭和58年に筑後川から取水する「福岡導水」が完成したのちは、福岡市で目立った渇水被害は出ていない。まして、平成17年からは国内最大の海水淡水化事業がスタートしており、福岡市の水は足りないどころか余っている。この識者は、前提条件が変わっているにもかかわらず、なぜ計画を見直さないのかと疑問を投げかけており、計画はいずれ破綻すると明言している。
需要水量と供給水量について。福岡県は報告書の中で、平成32年度の需要水量は1人1日最大354ℓ(平均293ℓ)、最大87万7千m3/日と予測している。まず平成27年度は、需要水量を86万4千m3/日と予測し、供給水量は平成17年度から始めた海水淡水化施設の5万m3/日と大山ダムの5万2千m3/日によって、安定供給水量87万5千m3/日となるから、この時点では問題ないという。ところが、平成32年度の需要水量は87万7千m3/日と予測しており、このままでは水は足りないという。そこで、五ヶ山ダムから1万m3/日、遠賀川を水源とする水道用水供給事業から2万m3/日を補えば、安定供給水量が88万6千m3/日となって、問題は解決すると言っているのだ。まさに「ダムありき」の試算であり、この1万m3/日のために、美しいものが失われたということになる。
そこで、もう一つ見逃せない意見がある。それは、福岡県が平成32年度の需要水量を87万7千m3/日にした根拠が示されていないと指摘した上で、福岡市民1人1日5リットル節水すれば1万m3/日は十分補えるというもの。この識者は、五ヶ山ダムの新規利水の必要性に疑問を投げかけている。確かに節水上手な福岡市民にとって、1日5リットル(ペットボトル2.5本)の節水は容易なことだろう。しかし、これら識者の貴重な意見は生かされることなく、五ヶ山ダム事業は断行されてしまった。何と愚かなことだろう。
◆ 今後に向けて
福岡県による五ヶ山ダムの検証作業は、はじめから「ダムありき」で進められていたことは言うまでもない。しかしながら、この報告書をつぶさに見ると、多くの問題を残したまま事業は進められたことがわかった。それゆえ今後、ダムが人々や環境にどのような影響を与えることになるのか見届ける必要がある。那珂川のそばで暮らす私にとって、五ヶ山ダム問題は他人ごとではない。これからもできるだけこの問題と向き合っていきたいと思う。 失われたものは戻ってはこないが。
《追記:2016.11.4》
「五ヶ山ダムを見てきた」を拝読。筆者は五ヶ山ダムに期待を寄せておられる方のようで、「普段はいくら余力があっても、海水淡水化センター以外の水源はすべて雨頼み」と仰っているが、いくら何でも同時にすべてのダム(川)が枯渇するようなことはあり得ないだろう。五ヶ山ダムの水量のうち渇水対策容量として福岡市に割り当てられるのは1310万m3、これは平成6年の渇水で不足した1日平均水量の218日分だと言われている。20年前に比べると利水環境が向上しているにもかかわらず、福岡県の試算は当時のままだ。もしもの時のためとはいえ、あまりに大きな担保ではないか。第一、この20年間、渇水は起きていない。むしろ近年は、渇水より土砂災害のほうが発生頻度は高い。先日、京都大学防災研究所が発表した『斜面土層の発達と崩壊を「ししおど」しから考える-山地災害科学の最前線-』で表層崩壊のしくみが見えてきた。その中で、森林の根による補強と効率的な排水によって、数百年間土層が安定して厚く発達することがわかった。つまり、木の役割は非常に大きいということだ。
五ヶ山周辺ではダム建設のために莫大な量の木が伐採された。この目で見たが、それは痛々しいものだった。数十年に一度起こるかどうかもわからない渇水対策のためにつくられた五ヶ山ダム、その代償は大きいと思うが。
「五ヶ山展示会」の資料(2015年6月作成のもの)
《関連資料》
国保、年金が足りないのなら徹底的に無駄をなくすべきです。
議員の削減などもそうでしょう。
改憲の前にやることがいっぱいですね!
みんなのブログからきました。
税金の無駄使いが止まりませんね。
これを変えるには、国民一人一人が関心を持って、
おかしいことはおかしいと発信していくことが大切だと思います。
3年前に引っ越してきて町民になったばかりですが、そのころから時代錯誤のダム建設に疑問をいただいてました。
おっしゃる通り、なくなったものを元に戻すことはできませんが、
なにが起こっているのかをきちんと見つめたいと思います。
貴重な記事をたくさん書いていただきありがとうございます。
こちらこそ記事を読んで頂き有難うございます。
那珂川町もいよいよ市になりますが、その役割も大きくなっていくと思います。
市民の方々からの情報なども期待しております。