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『今年のたうえ』

雪解け水もぬるんで、庭のフキノトウも大きくなったころ、
虫鉢玉(ちゅうばち・たま)は中学二年を迎えた。

「みんな、いっぱい体をつかって、元氣に育ってください!」
担任は眼鏡をかけた若い男に変わった。
(まにあってるよ~…)玉は心でつぶやいた。
親の代から兼業農家で、彼女は田畑の手伝いのほか
味噌づくり、うどん打ち、毎朝の掃除などで
日々体を動かしつづけていた。

小麦の収穫を終えた畑に水を入れて、
彼女の家では周りに遅れて六月に田植えをおこなう。
父がトラクターで耕す前に、
生き物を愛する玉は、畑に住むものたちに避難をけしかけた。
おけら、はさみ虫、かなへび、こがね虫の幼虫を逃がす。

田植えの当日、土曜日は小雨が降っていた。
「炎天下よか楽じゃ」
レクリエーションも兼ねて、家族以外に玉の友達や
父のはたらく信用金庫の若いスタッフも参加する。

まわりに流れているのは、シュレーゲル青がえるの合唱。
母は家でごちそうをつくり、ばあばうどんを打つ。
じいじはぽーんと苗の束を投げる。
植え手は、父のほかはみんな女性。
「美肌にいいってよ、泥を塗ると」
おしゃべりしながらぴこぴこと植えすすむ。
レインコートにつなぎ姿、玉の同級生は
体そう着やキャラクターTシャツの古いのを着ていた。

「すごい、本物じゃん!」皆を圧倒したのは、
玉は先祖代々の農業に誇りを持っているのもあって
ばあばの若いころの、木綿の紺かすりの着物をきて
下には紅い腰巻さえ身につけているからだ。
(…ないしょだけど、パンツも履いてないのだ)
下から覗かれる状況ではないし、
周りは女性ばかりなので不安はない。
小雨は降りつづけ、たまにくしゃみも聞こえるが
泥の中はあったかい。そんな折に
「おおーい、先生さぁこんにちはあ!」_

植えのあまい苗を直していたじいじの声がすれば、
畦には自転車に乗った担任先生が来ていた。
いつもの眼鏡に加え、頭にはスゲ笠。
「せんせーえ、こんにちはあ」
「やってるね!」
教え子たちの勇姿を激励するが、
やはり和服の玉に目が留まる。
「先生あとで一緒にうどん食べましょうよ」

そのとき、カエルの歌が停止した。
「きゃあーっ!」
突然誰かが叫ぶと、みなも騒いでいる。
担任が近くへ寄ると、そこには小さなヘビがうねっていた。
「シマヘビは毒ないから大丈夫よ」

そう言って立ち上がった玉の雨に濡れた紅い腰巻が、
お尻の割れ目にぴったり沿っていた。
担任は目のやり場に困って笠を深々とかぶると、
畦上で自転車をくるりと回した。
「それではまた学校で!っ」

ヘビはどこかへ消えていた。
「うどん食わねぇのけ?」
じいじの勧めも丁重に断り、
すげ笠の担任は霧の中へすい込まれていった。
その光景をぼーっと見てた玉、
足をすべらせて泥の海にひっくり返った。

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