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『ひっとスポット』

日暮里駅北口の坂を上ったり下ったりすると、
谷中銀座の手前に、「夕焼けだんだん」という階段がある。
そこから西へ伸びる商店街の先から
きらきらきらと現われる夕陽に照らされる、人氣のスポットだ。
谷中には猫が多くて、この階段の途中にも、いつも数匹に逢える。

お寺に坂みち、曲がったみち。谷中を探訪する好き者は、
舗装も不確かな路地や玄関を覆う鉢植え、銅張りの古い店など
風情のあるものを探しにくるから、趣向にフィットする野良猫も格好の被写体だ。

お天氣の平日、明沙(みさ)は昼まえに日暮里駅に到着した。
お腹をぐうと鳴らし、駅内で売られていたアナゴ弁当にもそそられたが
道を歩いていけば何かにぶつかると信じて振り切った。
梅雨は過ぎて、駅から5分足らず歩くと汗がほんのり。
明沙はさきの春にコンピュータの学校を卒業した二十歳。
レースの軽やかな空豆色のワンピースに身をつつみ、
革のポーチを斜めに引っかけていた。

「にゃんこ、にゃんこ」
夕焼けだんだんにはやっぱり猫がおって
わかいカップルの足を停めていた。
近所の寿司屋からは甘辛いそよ風が漂う。
明沙も猫を見ると、カップルの彼女が話しかけてきた。
「すてきな服~」
「あ、ありがとうございます。自分でも大好きです」

明沙は神奈川の実家に暮らしながら、下着を手づくりしている。
今日も夕方前に、商品を鶯谷のランジェリショップに届ける予定だ。

「えー、この服はどこで買うんですか?」
「元の服はフリマで買って…レースは自分で付けました」
明沙は照れて目を細める。
「おおっ!すごい。あたしも欲しいかも…ね?」
隣の彼氏の顔を見る。
明沙は、服を送ってくれればレースを付けることはできると伝えて
名刺を渡した。
「魔法のランジェリー製作 Miisa」_

ようやく階段を下り終え、いざ谷中銀座へとつにゅう。
昨夜はほぼ徹夜で、起きてすぐこちらへ向かったが
無事に作り終えて頭はすっきり、そしてお腹もぐーぐー。
商店街には揚げたてコロッケなども充実しているが、
明沙はゆったりとお昼がしたかった。

ぽわんと歩きつづけて谷中銀座もゴールが見えてきた頃、
「すてきな服」女性の声がした。
横を向くと、美しいお姉さんが椅子に腰かけている。
道幅は広くないし、日中は車も通らないため
建物と道路の境はあいまい。
アジアらしいマイペースな時が流れる。

「あ、どうも。ありがとうございます!」
「私もレース好きだよ」
お姉さんは無邪氣ににやっとして
「こことかね」腰骨あたりをぽんぽんと打つ。
明沙は目を見ひらいた。
「もしかして、あの・・・下着とか?」
お姉さんが立ち上がると、
薄手の上着のスリットとズボンのすき間に
三角形の生肌が覗いた。

十分後、二人は店内にいた。
夕焼けだんだんを下りた谷中銀座の入口、
明沙は氣になりながらも通りすぎていたザクロというお店。
お姉さんもここで働いている。
絨毯の敷かれた床に座って食べるイラン・トルコ・ウズベキスタン料理は
新鮮な衝撃だったが、それよりもまず驚いたのは
紅い長じゅばん地の裂き織りというお姉さんとっておきのランジェリーは
明沙の手づくり商品と判明したからだ。

香り豊かで辛くはないカレーにナン、
油を敷いて炊いた香り米にピクルス。
途中からお姉さんはここの仕事にもどり、
明沙は重なる感動にうづきつつ夢中で食べつづけた。
店内は、ニ人でぼーっとする若いカップルや
水煙草をくゆらす年齢不詳のお兄さんが居て、
周りはベリーダンスの装飾品やラクダの人形など
異国情緒であふれている。

革のポーチからB5のノートを取りだし、
キャップをはめた鉛筆をつまんだまま
明沙は新しいランジェリーの素材や形を夢想した。
「濃紺のリネン地に・・・絹の手編みレースとか・・・」
いつしか時刻は十四時を過ぎている。
腰に巻くスパンコールの飾りをお土産に、明沙は店を後にした。

「ニャーオ、ニャアオ」
階段の途中、猫から声をかけられた。
ありふれたものとして普段は通りすぎているが、
今日のうれしい出逢いの記念にと明沙は猫を撮影し
駅南口の階段を下りて鶯谷へと向かった。
後日、この日の猫写真を添えた新しい名刺を作ると、そのお蔭なのか
「Miisaの魔法のランジェリー」は注文もふえてきた。

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