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『にわとり娘』

唐丸中学校の事務員の遥(はるか)は二十四才。
いつも緋色のジャージを着て、生徒からはニワトリ先生と呼ばれる。
飼育委員は存在するが、遥はすぐ近くの古アパートに暮らし
休日も鶏を見に来られるのと、何より彼女自身が大の生きもの好きなのであった。

透き通った瞳に眼鏡をかけて、太めの眉に、短めの髪。
生徒と間違えられることもある。
その垢抜けない雰囲氣を支えるのは、やはりいつものジャージ姿。

「コッコッコッコッ…」
鶏たちは遥になついているが、いつもと違う服では
いちいちパニックになるのだった。
もちろん他人では言うまでもない。
遥のジャージは、繊細すぎる鶏に対応した
やむをえないものだった。

「おーーけこっこぉーーーう」
鶏のこえで、毎日五時に起こされる。
それでも起きなければ、何度もしつこく鳴かれる。
鶏たちに監視されている氣分だが、ちょっぴり頼りにもしていた。
おっちょこちょいだが真面目な遥は、毎朝背中に光を浴びて、
菜っ葉にハコベに刻みつづける。指先にはいつも絆創膏。

今の鶏小屋は二十年前に建てられて、何度かペンキを塗り重ねたが
芯が腐ってもはや限界。台風や野獣に遭遇したら簡単に壊れそうだ。
そういったわけで、いよいよ新たな小屋を作ることになった。

「おはようございま~す」
土曜日の朝、まだ眠そうな遥があらわれた。
嘘みたいだけど、休日は鶏の鳴きはじめが遅い。
実は何でも知っていて、氣をつかっているのだろうか。
色々な作業着で集まったメンバーは、
音楽教師(男)、PTAの女性会長、用務員のおじさんに、遥。

大工仕事に長ずる者がなく、会議した結果
室外機にかぶせるような金網の囲いをホームセンターで購入し、
側面の半分に板を張って、上に波状の屋根を乗せるという構造にした。
ニワトリに刺激を与えないよう、新しい小屋を作ってから
古い方を解体する手順にした。

近所の子どもたちも集まってきた。
お昼前に基本の箱が出来上がり、スタッフは出前のラーメンを食べた。
そして、午後には全部完成した。
「なかなかいい感じ!」
ニワトリは、遥が一羽ずつ運んで竹のカゴをかぶせておいた。
今までの小屋がみるみるうちに壊されて、
子どもたちも片付けを手伝った。

新しくなった鶏小屋に、五羽の鳥が放される。
隅っこに重なって緊張する鶏たちを子どもが覗くと、
「ケッケッケッケッケ!!!」と奇声をあげる。
「みなさま、お疲れさまでした!」

静かな夜で、月はまるい。遥は銭湯で汗を流し、
ふかし芋と差し入れのいなり寿司を食べ終えると
寝ころがって漫画を読んでいた。
ふと、あることを思い出す。
(あれ…鶏に水をやったかな?)

急いでジャージに着替え、学校へ駆けた。
生垣から侵入すると、ほっぺたがこすれ葉っぱが落ちた。
既に夜も十時を過ぎている。
新築の鶏小屋が、たたずんでいる。
カギを二箇所はずしてそっと中に入った。
鶏たちは身を寄せ合って、ロフトの上に居てささやいている。
懐中電灯を照らせば、床には水入れが置かれていた。
水もひかっている。
(なんだ…ちゃんと入れてたんだ)
ほっとしながらドアを押すと、
「っん、あれ?」

外側からカギが戻ってしまったようで、閉じ込められた。
(どうしよう…大声を出せば鶏も騒ぎそうだし)
新らしい小屋を蹴やぶるわけにもいかない。
致し方なく、朝が来るのを待つことに決めた。

(ぶるぶるぶる…さむい)
遥が小屋の中で立ちすくんでいると、
顔の高さにいるニワトリたちが寄り集まってきた。
鳥の体温が感じられてあたたかい。
遥は鶏の方に向くと、手のひらを鳥のおなかの下に
すべり込ませて、何とか体を温めつづけた。

空のたかく澄んだ翌朝、散歩していたおばあさんが助けてくれた。
「ありがとうございます!たすかりました。」
この日からさらに、遥は鶏のことが愛おしくてたまらず、
校舎裏の落ち葉を掘ってミミズを集めたり、
ニワトリの写真を載せるブログも開設した。
しかし翌春に、思いがけない事件が起きたのだった。

新年度がはじまり、当番の生徒も変わった。
「先生!ちょっと来てくださいっ!」
遥は正確には先生ではないが、生徒からはそう呼ばれて
ちょっと誇らしかった。その外見は、
胸の大きさをのぞいては女生徒とたいして変わらない。

生徒と駆けて行ったら、けたたましく鶏が騒いでいる。
生徒たちも囲んで見ている。
ひと目で分かった。「アオダイショウじゃん。でも、何このお腹!」
卵を飲みこんだヘビは、体がいくつか盛り上がっている。
鶏たちは、網によじ登ってをばたばた混乱。

小屋から出られないでいるアオダイショウをつかんで
倉庫の裏に放すと、遥たちは侵入経路らしきすき間に板を詰めた。
これで一件落着、かと思ったけれど、その日から
四羽のめんどりたちは、卵を産まなくなってしまった。

「わあ~、元氣なとりたちですね!」
初夏のある午後、用務員のおじさんが
網の袋にニワトリ三羽を入れてきた。
毛色の違う鳥がふえるのに胸をおどり、
遥は歓声をあげたけど、彼も静かに告げられた。
「遥ちゃん、今いる鳥たちはつぶすよ…」

「えええっ!?」
彼女は一瞬耳をうたがう。生理中ではあったけど、
全身から血のひく思いがした。
確かに、この小屋に八羽は窮屈だし
みんなも卵を楽しみにしている。
反対できる雰囲氣ではなかった。

ご飯を水でほぐして皿に盛り、
最後のめんどりのエサにした。
昼休み、生徒たちが見学に集まる。
遥は鶏をやさしくなでつづけた。
「…ありがとう。。」
歯を食いしばって鶏の首をひねり、氣絶するまで押さえておく。
熱い涙がぽろぽろと止まらなかった。

こうして解体されためんどりたちは、
明日の給食の食材にされた。
遥は鶏たちの骨を集めて、樹の下に埋めて葬った。

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