電車にゆられて、トコトコと都心へ。
背中のふろしきリュックには
メダカの入った瓶。
たまにフタを開けて、空氣の入れ換え。
昨日よりは風があるものの、日本の夏らしい
蒸し暑さは変わらず、背中は汗ばんでくる。
背負いたる風呂敷も当然湿ってくるが、
本体がヘンプ(大あさ)、カバーがリネン(亜麻)という
ダブル麻のリュックなので
吸った汗もほどなく乾き、匂いも無い。
しかし本当に、梅雨あけの嬉しさときたら。
何しろ街路樹にキクラゲさえ生えていたし、
友人宅のじゅうたんはカビだらけになったという。
うちの借家は古くて、壁や柱が多少呼吸しているだろうことと、
部屋乾し用の除湿器を回しているため、
何とか持ちこたえたが、
それの無い1階に吊るしたままの、
冬用ジャケットは氣がついたらカビていた。
高湿のせいにする前に、手入れが行き届いていないという意味で、
片付けや整理、掃除をこまめにして
変化の風をそよがせつづけていれば
おおかたは調うだろう。
湿度を敵とせず、味方につけるような
家や街づくりと暮らしぶりに変えてゆけば、
心地よく、かつ、いのちあふれる環境となるはずだ。
風呂敷がカバンに縫製せず、むすぶだけなのは、
ほどいて風を通すために他ならない。
水分(湿氣)を溜めずに流す
flow式が、風土から生まれた
日本文化の柱とさえいえよう。
または、風のみちをつくる方式
=風路式 といってみてもよい。
洪水被害など災害の多い昨今、
強固な壁もいつかは壊れるおそれがある。
対抗ではなく、ひらりとかわし、
大自然と都市の間の遊水地のようなクッションに
衝撃を分散させれば、被害を抑えられるだろう。
川の周りの低地を無理に宅地や商業地に造成するのではなく、
自然に湿地になるエリアはヨシ原にして、
川の水も浄化する生きものの楽園にすれば、
そこからまたたくさんの情緒や文学、
仕事まで生まれてくるにちがいない。
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